光が見えていたんだ!!

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 私は夢を持っている人間が羨ましい! いや、そんな生半可な言葉じゃ足りない。羨ましいどころの話ではない。今すぐに私の身体を粉々に砕き、夢を持つ人間に魂で襲い掛かり、その身体の主を夢ごと食らい、取って代わって生きていきたい! そんな残酷な妄想を抱いてしまうほどに、私は夢を渇望している。  その夢は偉大なものじゃなくてもいい。  街でスカウトされて有名俳優になるとか、メジャーリーガーとして活躍するとか、事業売却して宇宙ロケットに乗るとか。子供が目をキラキラさせて、授業参観の日に発表するような内容じゃなくていい。  その夢はどんなくだらないものでもいい。  全国の公衆便所に落書きするとか、全国のラーメン屋を制覇するとか、プリンのカップを積み上げて部屋を埋め尽くすとか。夢というにはあまりに大げさなものでもいい。  とにかく、自分はそのために生きてるんだ! そのためならどんな苦難も乗り越えて見せる! それを成し遂げるまで絶対に死ねない! そんな風に胸を張って言えることなら、なんだっていい。  私はどんなくだらない夢さえも、持ってはいないのだ。あぁ、「夢もどき」はいくつか持ったことがある。それは眠っているときに見る夢のように、覚めてしまえば忘れてしまうような儚いもの。あるとき熱が冷めてしまえば、もうそれは夢とは呼べないガラクタになっていた。  そんな中途半端な自分が大嫌いだ。夢を抱けない自分が。途中で勝手に諦めて、勝手に挫折して、勝手に羨んで……。  夢は、夜の大海原を照らす灯台のようなものだ。  人は、真っ暗な夜の海でボートに乗っている。夢さえあれば、その灯台に向かってオールを漕ぐことができる。灯台までの距離がいくら長くても、いや、距離なんかわからなくてもいい。何も見えない海上に、どんな危険が潜んでいたとしても。その方向がどちらで、何に向かって進んでいるのかわからなくても。例え、灯台に辿り着く前に力尽きるとしても。  灯台という目的地がただ光っていれば、人はとにかくオールを漕げる。そこに何かがあると信じているうちは。でも、灯台という目的地が、光が無かったら。  ここがどこかもわからない。自分が進んでいる方角も。自分が漕いできた方角も。何かに辿り着けるかすらもわからない。辿り着けるとして、それまでどれだけ漕げばいいかもわからない。  それでも人は全力でオールを漕ぐだろう。でも、あるときにふと思う。自分は一体、何のために必死でオールを漕いでいるのだろうかと。  何もわからない状況で、腕も疲れる。腹も減る。寒い。喉が渇く。寂しい。そうやって、生きて、感じるという苦しみを受けながら。なぜオールを漕いでいる? どこに向かっている? 意味はあるのか? 波に揺れながら。風を受けながら。ただ広がっている暗闇に、首を垂らすだけだ。  しかし、そんな私にも灯台の光が見えていたときがあった。3日で消えてしまう夢もどきではない! 本物の光が!   その感覚は覚えている。もう何年も前になるが。眩く光る灯台の明かりを見たんだ。ただ光っているだけの偽物じゃなく、辺りの海や堤防さえ広範囲に照らす、神々しい光だ!  それはもう全力でボートを進めた。とにかく漕いだ。腕の疲れも、寒さも、寂しさも忘れて。ただ光しか見てなかった。でも、身体には限界が来る。次第に漕げなくなっていった。私には腕力が足りないと思った。筋肉の持久力が足りないと思った。汗が冷えて寒さも感じ始めた。寒さに弱い自身を呪った。全力で漕げなくなっていく自分を恨んだ。  光は変わらず輝き続けていたのに、私は自身の身体に、環境に、ボートに難癖をつけた。必死で漕ぎ続けていたはずなのに、距離が縮まらない理不尽さに怒った。次第に眩しく光っている灯台さえ、目障りだと思うようになった。  光から目を背ける日が増えた。オールを全力で漕がなくなった。次第に光は輝きを失っていった。そしてついに、消えてしまった。暗闇に独り、取り残された。  あれから数年、最近はあの日の夢をよく見るようになった。灯台が点いた日を。私の前に、強烈な光となって現れた日のことを! 今になってようやくわかった。光の無い航海がいかに苦痛か。いかにやりきれないか。  もう一度輝いてはくれないだろうか。私の進むべき道を示してはくれないだろうか。一度は光ったじゃないか。確かに夢見たじゃないか。決して消えないと確信したほど強烈な光だったじゃないか! なぜ光らない!  私はもう、あの頃の強烈な体験に縋るしかないんだ。光の無い航海は耐えられない。目を瞑った。まぶたの裏には、あの強烈な光が焼き付いている。  本物の灯台は光らない。でも私には、あの時の光がまぶたに焼き付いている。例えそれが確かな光じゃないにしても、私はボートを漕ぐしかないんだ。    私は光を見たのだから。  
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