いろ、いろ、いろ。

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――バーカ。  本当に、間抜けで愚かで馬鹿なアズサ。私が彼女に怒っていることも疎ましく感じていることも全く気がついていない。自分がどんな取り返しのつかない失敗をしたかもわかっていないのだ。  ヒバリ君と付き合うなんてことにならなければ。自分だって、わざわざ彼女の玩具を強引に取り上げたいなどとは思わなかったというのに。これからも、馬鹿な下僕として可愛がってやっていたというのに。 ――私が願うのは、あんたの不幸だっつーの!  夕焼けの中、そよそよと揺れるチューリップの大群。ピンクと黄色の斑模様のチューリップの前で、私はそっと手を組んで目を閉じた。  ヒバリ君に、はっきりと恋愛感情を抱いていたかというと怪しい。でも、“彼が恋人だったら自慢できるな”と憧れるということはつまり、片思いをしていたと言っても過言ではないのだろう。そんな私から、あのクズな女がヒバリ君を奪い取ったのだ。当然、制裁されて然るべきではないか。 ――神様とやら、願いを叶えて!のクソアズサの恋を破局させて!アズサがヒバリ君に、ボロクソにされてフラれますように!!でもって、ヒバリ君が私にメロメロになりますよーに!!  真剣に、真剣に、お祈りをして――目を開いた私は。思わず言葉を失うことになるのだ。 「……!」  さっきまでそよいでいたチューリップ達が。まるで時間を止められたように、ぴたり、と動きを止めていたのである。全ての花が、まっすぐに私を見つめているような錯覚。そして、異変はそれだけではない。  色が、変わっていた。全てのチューリップが――黄色に。 「ちょ……ちょっと待ってよ!待ちなさいよ、なんで黄色なのよ!!」  数瞬遅れて花言葉を思い出した私は激怒した。てっきり、赤とかピンク、紫になるとばかり思っていたのである。アズサの恋が実るより、彼女よりずっと可愛くて頭の良い私の恋が実る確率の方が遥かに高かったはず。それなのに。  何故、黄色――“望みのない恋”、なのだ。 「ふざけんじゃないわよ、馬鹿にしてるわけ!?あいつの願いが叶って私の願いが叶わないなんて、そんな不平等なことあっていいはずがないじゃない!くそ、くそくそくそくそくそ!!」  怒りで目の前が真っ赤になった私は、一番手前に咲いていた黄色いチューリップに手をかけた。 「あんたらなんか、こーしてやる!」  そして、そのまま――ぶちぶち、と力任せに引っ張り、引きちぎったのである。所詮はただの植物。チューリップなんて、花と茎が取れやすいことでも有名だ。けして頑丈などではない花は、あっさりと私の手の中で花びらを落とし、茎が引き裂け、土を弾けさせて根を露出させた。  ざまあみろ、クソチューリップめ!私が唾と飛ばして笑ってやった、その時である。 「え」  ざわり、と。鳥肌が立つ感触。手の中のチューリップが、どろり、と溶けたような感覚を覚えた。思わず手を離し、私は見てしまうことになる。  黄色かった全ての花が――真っ黒に染まっていた。  黒いチューリップの大群が、一斉に“こちらを見ている”。じっと、じーっと、こちらを睨むような視線を感じるのだ。そんな馬鹿な、と思う。チューリップはあくまで植物だ。生き物のようにこちらを“見る”なんてことあるわけがない。視線を、それを“殺意”を感じるなど、そんなことあるわけが――。 「あ、れ」  ごきり、と。自分の首から嫌な音がした。痛い、と思った瞬間手足の自由がきかなくなる。まるで脳からのシグナルが断ち切られてしまったかのよう。みしみしと音を立てる首、ぐらぐらと私の意思を無視して揺れる視界。 「な、んで」  最後に口にできたのは、それだけだった。  斜めになった私の視線の先で、黒いチューリップの花が一斉にぼとり、と落ちる。  本能的な恐怖に、心臓を鷲掴みにされた次の瞬間。私の景色も、くるんと回って落下し――そのまま、真っ黒に消滅したのだった。
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