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「晋。明日立つぞ」
いつものように突然の父さんの言葉で、僕は現実に引き戻された。
「……あ…明日?」
「ああ」
そう。すっかり忘れていたのだ。
僕は自分の生活がどういうものだったのかということを。
わかっていたことだった。
この地での父さんの仕事はもう終了していたのだから、いつ出発してもおかしくはなかったのだ。
いつものこと。
わかってたはず。
覚悟はできてると思っていたのに。
僕がこの街を去らなきゃいけない時期が近づいてきてたことなんて、充分すぎるくらいわかってたはずなのに。
どうして僕は現実から目を背けてなどいたのだろう。
「そっか……わかった」
僕は父さんの言葉におとなしく頷く。いつもと同じ。
「晋。今日は少しくらい遅くなってもいいから、みんなに出発の挨拶でもしてきなさい」
そう言って父さんは僕を家の外へと押し出した。
急な出発などいつものことだし、まとめる荷物もそんなにあるわけではない。
父さんの言い方から察するに、部屋を明け渡すための掃除も今回は手伝わなくてもいいということなのだろう。そしてそれは、父さんが僕に対して僅かに感じているであろう罪悪感の所為かどうか知らないけど、有り難いことだと、これくらいは納得しておこう。
そんな事を思いながら、僕は何処へ向かうあてもなく、街の中を歩き回った。
よく行ったスーパー。お世話になった散髪屋。コンビニ。商店街。
数ヶ月間の間にたまった思い出が蘇ってくる。
歩きながら、僕は知らずにため息をついていた。
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