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当日
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うん」
大きなリュックサックを背負い、僕は父さんと一緒に数ヶ月間住み慣れた部屋を出た。
六畳一間の小さな空間。
もともと家具らしい家具も置いてなかったから、入居したときも、出るときも、相変わらず生活の匂いが薄い部屋。
でも、やはり思い出だけはきっちり詰まっていたようで、僕がドアを閉めたとたん、胸の中に大きな塊が現れた。
重くて暗い大きな塊。
「……晋。昨日はちゃんとみんなに会ってきたんだろうな」
「……え?」
ギクリとなって僕は父さんを見あげた。
結局昨日は翔くんにしか会っていない。しかもその翔くんに僕は嘘の出発日を告げてしまった。
「…………」
父さんは何も答えない僕を見下ろして小さくため息をついた。
「まったく……おまえは……」
こういう所、やはり父親なのだろう。
父さんは何も言わない僕の心情をすぐにわかったようで、くしゃりと僕の髪を掻き回してからトントンと階段を降りていった。
仕方ない。
言えなかったんだから。
僕だって、嘘をつくことはいけないことだって解ってる。
でも仕方ない。
僕は、そう言うしか方法を知らなかったんだから。
だって、翔くんはこれからもずーっとこの街で暮らしていける。
素晴らしい友だちに囲まれて、わいわい楽しく暮らしていける。
そして、僕はまた独りになる。
これは永遠に逃れられない宿命。
僕の嘘は、僕の妬みと同化する。
叶えられない願いと同化する。
そして、神様はやはり僕に対して意地悪だった。
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