雪割草(short ver.)

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「あーあ。さっさと雪止まねえかな」  降り続く雪を睨み付けながら、和志(かずし)がそうぼやくと、その隣で晴紀(はるき)が困ったように首を振った。 「残念。今日いっぱいは降り続くって天気予報で言ってた」 「マジかあ~」 「それにこの感じじゃ、明日は止んでも雪かきだけで一日終わりそうだね」 「じゃあ練習出来ねえじゃねえかー。何とかしろよキャプテン」  悔しそうに舌打ちをして、和志はそばにあったサッカーボールを手でポンッと転がす。 「お前、そういう時だけ人をキャプテン扱いすんなよな」  光基(こうき)が、腹筋の途中で首だけ振り返りながら、そう言い返す。  彼等はこの学校のぎりぎり十一人しかいないサッカー部員のメンバーだ。  転校初日、金網に手をかけ、じっとグラウンドを見つめていた僕の姿に最初に気付いたのは光基だった。  小雪のちらつく中、いきなりフェンスを乗り越え僕の所に走ってきた光基は、強引に僕をグラウンドの中に引っ張り込んだ。 「紅白戦兼ねたミニゲームやってるんだけどさ、メンバーが一人足んねえんだ。ちょっと手伝ってくれねえか? 晋」  その時、素直に頷いたのは、光基が真っ直ぐに僕を見て晋と、名前を呼んでくれたからだった。  風景画家を仕事としている父さんの所為で、ずっと転校を繰り返している僕にとって、いつも、どんな学校でも、僕のあだ名は“転校生”だった。  ようやく僕自身の名前を覚えてもらって、転校生以外の名前で呼ばれるようになり始めたとたん、僕は次の地方へ旅立った。  だからいつも僕のあだ名は転校生のまま。  それなのに。  光基も、ほかのみんなも。  僕が転校してきた最初の日から、僕を晋と呼び、一緒にサッカーをしようと誘ってくれた。  そしてその日のうちに彼らは僕を、助っ人ではなく正式なサッカー部員として迎え入れてくれた。  ここは北海道の中でもさらに北のほうに位置する稚内。  最北端と言われるだけあって、市内にある小学校は総生徒数が百人にも満たないんじゃないかと思われる小さな学校だった。  街中が知り合いだらけで、まるで巨大な家族のようなこの街は、僕にとってとても不思議な街に思えた。 「俺達、みんな兄弟みたいなもんだから」  光基がそう言った時、やけに羨ましかった。  僕は永遠に言うことはないだろうその言葉を、何のてらいもなく発する光基が羨ましかった。  でも、その次の言葉は、そんな僕の気持ちをひっくり返すのに充分値する言葉だった。 「晋、お前ももう、俺達の兄弟だからな」  そう言って雪の中で笑った光基の顔を、僕は一生忘れないと思った。  それ以来、雪が好きになった。  雪の中で肩を並べて歩くのが好きになった。  初めて、雪を冷たいと思わなくなった。
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