雪割草(short ver.)

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「あー、思いっきりボール蹴りたいよう」  ひたすらボール磨きをしていた晴紀が、ついに音をあげた。  確かにここ数日間、雪はずっと降ったり止んだりの繰り返しだった。  ようやく晴れ間が見え、雪かきをしてグラウンド整備が終わった頃、再び雪がパラつきだす。  まるでイタチの追いかけっこだ。 「晋、お前は初めてだから珍しいってだけで終わってるかもしんないけどさ、ホント毎年毎年これじゃ、さすがに嫌んなるんだぜ」  むすっとした顔で、晴紀が僕の顔を覗き込んできた。 「今年こそは大いなる野望を成就させる絶好のチャンス到来だってのに」 「野望?」  僕が磨き終わったボールを放り投げた晴紀に聞くと、待ってましたとばかりに、横から和志が身を乗り出してきた。 「ほら、俺達、今度六年生になるだろ。ずっと言ってたんだ。六年生になったら本州へ殴り込みかけるぞって」 「……は?」 「バカかお前は。そんな言いかたしたって晋にわかるわけないだろ」  ゴンっと派手な音をたてて和志の頭を小突き、晴紀が申し訳なさそうに僕のほうに顔を向けた。 「実は、次の全国大会、絶対行こうって決めてんだ。俺達」 「全国大会って、サッカーの?」 「そう。夏に本州で行われる全国少年サッカー大会。北海道代表の切符は俺達で勝ち取ろうって」 「……それは……さすがに」  いくらなんでも無謀じゃないだろうか。 「だってさぁ、俺達、そんなことがないと一生本州に行けなくなっちまう」 「……だからって」  水を差す気はないけど、この学校のサッカー部って、この間ようやく十一人そろったばかりだとか言ってなかったっけ。 「それでも、夢を見るのは自由だろ」 「少年よ大志を抱けってな」 「全国に行くのは俺達だぁー!」 「おおー!」  楽しそうに頷きあうみんなを見て、ふと僕の心が重くなった。 “雪が止んで春が来たら、この寒い地方ともさよならだぞ、晋”  この間、父さんはそう言った。  ということはつまり、彼らが全国大会に行く頃、僕は此処にはいないんだ。  冬が終わって春がきたら、僕は此処からいなくなる。  春が終わって夏がきた頃、僕は何処にいるんだろう。
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