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「あ、そう言えば……なあなあ、光基。そろそろじゃねえか? 雪割草」
くるりとみんなのほうを振り返って、突然、和志がそう言った。
「そっか。もうそんな時期か」
「今週末なんかどうかな?」
「それはいくら何でも早いだろ。せめて来週か再来週になんねえと」
いきなり始まった二人の相談に、僕は戸惑って晴紀を肘で小突いた。
「雪割草?」
「ああ、そっか。晋は知らないんだっけ。俺達、毎年この時期になると雪割草を探しに行くんだ」
笑いながら晴紀が答えてくれた。
「俺達にとって雪割草は春の訪れを知らせてくれる花なんだ」
「……春の……?」
「そう。雪割草って、その名のとおり、春先、溶けかけた雪を割って花を咲かせるんだ。雪解けの谷川のほとりとかにさ、白い花がポッて咲いてるのを見ると、やっと春がきたんだなって気がする」
「…………」
「三年くらい前にさ、俺と和志が偶然見つけて、それ以来なんか毎年恒例行事になってるかな。みんなでワイワイ言いながら山に登って探しに行くんだ。楽しいよ」
晴紀は本当に楽しそうな顔でそう言った。
「白くて小さくて、結構地味だけど可愛い花だよ」
「……そう」
必死で笑顔を作ろうとした僕の顔が微妙に歪む。
「た……楽しそうだね」
「そういえば晋ってなんか雪割草みたいだ」
突然僕の顔を覗き込んで、晴紀がそんなことを言いだした。
とっさに表情を読まれないかと、僕はあわてて晴紀から顔をそむける。
「何……それ?」
「ほら、小さくって白くって可愛いって……あれ? これじゃあ女の子の形容詞だ」
「何言ってんだよ、晴紀」
周りからすかさず、お前のほうが女顔だろとの突っ込みがはいる。
春を呼ぶ雪割草。
僕は、ばれないように小さくため息をついた。
窓の外は静かに降り続く細雪。
雪を見上げるみんなの側で、僕は別のことを考えていた。
永遠に雪が止まなきゃいい。雪割草なんか咲かなきゃいい。
そしたら、春はこない。
春はこないのに……。
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