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「晋! どうしたんだ、おまえ」
突然の声に顔をあげると、目の前に晴紀が立っていた。
「なんで……こんな所に」
「その台詞、そっくりそのままお前に返すよ」
呆れた顔でそう言うと、晴紀は腕に抱えていたマフラーを僕の首にかけた。
「いくら春が近いったって、まだまだ夜は寒いんだ。マフラーも無しでこんな所に来て凍死したって知らないぞ」
晴紀がかけてくれたマフラーがやけに暖かくて、僕はその時初めて晴紀が自分の首にもきちんとマフラーを巻いているのに気付いた。
「……このマフラー」
「服の中に入れてずっと抱えてたから暖かいだろ。お前、マフラーも手袋もなしで走っていったって光基が言ってたからさ」
「……えっ?」
「お前、さっき光基ん家の前、すごいスピードで駆け抜けてったんだってな。様子が変だったから、そっちに行ったら気を付けておいてくれって電話もらったんだ。で、そろそろ来る頃かなあと思って様子見てた」
小学校の大通りの側にある光基の家から、少し先の街外れにある晴紀の家。
ということは、連絡をもらってすぐに晴紀はマフラーを抱えて外へ飛びだしたのだ。
何の疑いも持たず。純粋に僕のことを心配して。
「で、いったい何があったんだ?」
いちおうそれくらいは聞く権利、あるよな。
そんなふうに晴紀が僕の目を覗き込んでくる。
「……父さんと」
「…………」
「ちょっと……父さんとやりあっちゃって…………」
小さい声で僕がつぶやくと、晴紀は意外そうに目を丸くして僕を見つめた。
「珍しいな。なんかお前が喧嘩するとか、想像できない。いつも優等生の良い子なのに……」
「僕は良い子なんかじゃない!!」
自分でも驚くほどのきつい口調で、僕は晴紀の言葉を遮った。
「僕は良い子じゃない。良い子を演じようとしてきただけで、本当はちっとも良い子じゃない。僕が本当はどれだけ悪い奴か、みんな知らないだけだよ」
本当は、いつだって言いたかった。
旅も嫌いだし、貧乏な生活も大嫌いだった。
誰にも甘えられず、友達も作れず。転校を繰り返すのも、もうウンザリだった。
寒い地方も暑い地方も、炊事も洗濯もゴミ出しも何もかも。
大嫌いだった。
明日の保証のない生活も、物珍しそうに僕を見る不動産屋の主人もアパートの管理人も。みんないなくなればいいと思った。
僕は……。
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