雪割草(short ver.)

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「あれ、和志じゃないか?」  その時、通りの向こうから慌てた様子で走ってくる小さな姿に気付いて、晴紀が声を上げた。 「あいつ、なに大事そうに抱えてんだ?」  光基も不思議そうに首をかしげながら足を止める。  よく見ると、確かに和志は何か大きな包みを大事そうに抱えて走っていた。  なんだろう、あれ。  真っ白な布で包まれた四角い板のようなもの。 「……!!」  僕は、ハッとなって駆けだした。  あれ、和志が持っているのはキャンバスだ。  間違いない。僕がさっき汚してしまった父さんが描いた北海道の風景画だ。 「……和志!」 「……晋?」  和志のほうも僕達を見つけ、息を切らしながら駆け寄ってきた。 「良かった……こんな所にいたのか。親父さん、探してるぜ」 「父さんが?」 「ああ、これ持って大通りをうろうろしてたから、どうしたんですかって声かけたら、お前がいなくなったって言うもんだから、俺びっくりしてさ」  そう言って、和志は持っていたキャンバスを再び抱え上げた。 「俺、事情よく知らないんだけど、親父さん、なんかこれをお前に早く見せたいって言ってたから。とりあえず預かって代わりに探しに来たんだ。俺のほうがこの街詳しいし、足早いし、すぐ見付けてみせるからって」  和志が包んでいた布を取りながら、僕の目の前にキャンバスを掲げた。  とたんに目の前に広がる銀世界。 「うわー!! すげえ」  隣で光基と晴紀が感嘆の声をあげた。  白を基調にした広大な北海道の風景画。一面の雪景色。  そして、その中央に、赤いマフラーを巻いた小さな男の子の姿があった。 「……これ」  小さくて顔もよく解らなかったけど、赤いマフラーに赤い手袋をして立っている少し明るい茶色の髪をした少年は、なんだかとても倖せそうだった。  優しい風景の中で、少年は倖せそうに笑っていた。 「晋の親父さんの絵って初めて見たけど、こんな絵を描くんだな。でも確か風景専門って言ってなかったっけ?」  光基の指差した先にいるのは、倖せそうな少年。 「……初めてだよ。父さんが絵の中に人物を描いたの」  そうか。わかった。  わかったよ。  父さんは僕を北海道の風景の中に住まわせてくれたんだ。きっと。  だから絵の中で僕はずっと、ずっとこの暖かな北の地に居られるんだ。  永遠に。
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