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「あれ、ひよりじゃん」  同級生に見られるかもしれないとは思った。だけど、まさか本当に、しかも、ニナに見られるなんて。  あたしは昔から間が悪かった。嘘や隠し事は、だから絶対にばれてしまう。ああ、本当に。なんて不運だろう。  ニナは、知らない子たちと一緒にいた。たぶん、塾か習い事の友達だろう。 「えーっと……デート?」  佐野を品定めするようなニナの視線に、あたしは動けなくなってしまう。  体育祭の練習で、ニナは佐野が周囲に責められている場面を見ている。 『いるよね、ああいうやつ』  ニナはそう言って、佐野を遠巻きにバカにした。そんな嘲笑の対象と二人きりで、あたしはいま、ショッピングモールに来てる。 「あ、じゃあぼくはこれで」  佐野は他人行儀に、あたしに頭を下げた。 「親切に、道を教えてもらってありがとうございました」  腕の付け根が震えて、鳥肌が立った。あたし、いまどんな顔してた? 佐野に他人のふりをさせるほど、あたしは『マズイ』って顔をしてたのか。  あたしに背を向け、佐野が去っていく。  放課後の花壇で、人の気配が近づいてきたら、あたしはいつも隠れてた。佐野と二人きりでいるところを見られないように。佐野は、そんなあたしの姿を見てる。 「なんだ、そうだよね。びっくりした」  ニナが笑う。 「このあとさ、パフェ食べに行くんだけど、ひよりも行かない?」 「ああ……うん……」  違う。待って、そうじゃない。 「……遠坂さん?」  あたしは佐野の腕を掴んでいた。  あたし、いま、ほっとしてた。佐野が機転を利かせてくれてよかったって。軽率なあたしの行動は、これでニナにはばれない。そんなふうに安心した。吐き気がする。佐野を傷つけてまで、どこまでも、他人の評価を気にする自分が、ものすごく嫌だ。 「ひより?」 「ごめん。あたし、この人と遊んでるところだから」 「え?」 「この人、佐野先輩。あたしの……好きな人」  まっすぐに、ニナを見る。佐野があたしをまっすぐ見るように。足ががくがく震えた。ニナは、くりっとした大きな目を、さらに大きく見開いた。隣で、佐野が息を飲む気配がした。 「ちょっと、ひより」  嘲笑を覚悟して、奥歯を噛みしめる。 「初耳なんですけど。ショック~。もう、あとで洗いざらい話してよね」  予想に反し、ニナはからかい口調で楽しそうに言うだけだった。がんばってね、と耳打ちしてから、いっしょにいた女の子たちと去っていく。振り返り、「お邪魔しました~」と、佐野に向かって親し気に笑ってみせた。  全身から、力が抜けた。盛大な肩透かし。前のめりに倒れてしまいそうだった。一世一代の大勝負!と盛り上がった感情を、いったい、どこへ持って行けばいいのかわからない。  視界の奥で、なぜか、ゆらゆらと揺れる青い水面の記憶がよみがえる。  あれは、幼稚園生の頃、初めて入ったプールだ。声が反響する、大きなプール。青い水の底は、よく見えなかった。いや、底なんて元々なくて、どこまでも沈んでいくだけかもしれない。先生は、他の子たちにつきっきりで、溺れるあたしに気付かない。漠然とした、死の恐怖。なかなか飛び込むことができなかった。  ひよりちゃん、大丈夫だから。おいで。ひよりちゃん、がんばって。  意を決して、恐る恐る、足先を入れる。  プールには底上げ用の板の道が沈めてあって、あたしの足はしっかりとその板の感触をとらえた。  なんてことはない。足もつくし、浮き輪だってしてる。溺れたりしない。  あたしは思った。  なーんだ、プールって楽しい。何をそんなに怖がっていたんだろう。 「遠坂さん、あの……」  佐野は真っ赤な顔で、俯いていた。  珍しい。佐野があたしの目を見ないなんて。ぼうっと佐野を観察し、そして思い当たる。  そうだ、あたしいま、佐野のこと、好きだって言ったんだっけ。  カァと顔が熱くなる。  勢いって怖い。どうしよう。どうしよう。緊張が上限に達し、ふっと振り切れる。ええい、もう、こうなったら。半ば投げやりに、言う。 「あたし、佐野先輩が好き。あたしと付き合って」  ふしゅう、と湯気が出そうなほど、佐野の顔は熱そうだった。あたしの顔も、熱い。 「……あ、あの、はい。ぼくも、遠坂さんが好きです。……よろしくお願いします」
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