寄り道

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 一番昔の記憶は四葉のクローバーだった。  手の中に揺れる小さな緑を見ながら、ふとそんなことを思う。 「わあっ!よつば、みーっけ!」 「ほんと?」 「ほらっ」  あれはどこだったっけ。多分近所の公園だ。小さい頃の私は毎日のように母を急かして遊びに行った。 「すごーい。こーたくん、すごーい」 「えへへ。えっと……。これ、ゆなちゃんにあげる」 「えー、ほんと?わーい」  公園にはたくさんクローバーの花が咲いていて、その中にペタンと座り込んで四葉を探したり花を摘んだりするのが好きだった。  いつも一緒に遊んでいた男の子が、ある日私に四葉をくれた。  今思えばもしかしたら、本当は渡したくなかったのかもしれない。あの頃の私は何も考えずに、ただその手の中の緑が羨ましくて「いいなあ」って言いながらずっと眺めてた。  男の子は仕方なく渡したんだろう。まだ小さかったのに、その頃から康太(こうた)は優しかった。 「一緒に寄り道するのなんて、久しぶりだよな」 「そうね。部活も終わっちゃったから。私たちもいよいよ受験生になるんだよ。やだなあ」 「優菜(ゆうな)はもう、どこ受けるか決めた?」 「うん。家から通える所って条件だから、自然と……」 「そか。俺もここの大学を目指してみようかな」 「え、康太も?」  ちょっと驚いた。小さな頃から頭がよかった康太は、何となく遠くの大学に行くんだと思ってたから。 「ここの工学部に、やってみたい学科があるんだ」 「へえー、そうなんだ」 「ロケット。子供の頃からロケットを作ってみたいなって思ってて」 「うへえ、難しそう」 「だよね。ははは」  そう言って照れながら笑う康太は、ちょっとだけ不安そうに見えた。  違うんだよ、私にとっては難しいって事。  康太ならきっと大丈夫。 「じゃあ、そんな難しい勉強をするであろう康太に、これをあげよう」  私は手に持っていた四葉のクローバーを康太に押し付けた。 「おっ、すげえ。四葉じゃん」 「すごいでしょ!四葉のクローバーの花言葉って何か知ってる?」 「ラッキー?」 「そうそう、『幸運』。康太に幸運が訪れますように」  そしてもう一つの花言葉は、『私のものになって』。  今はまだこのままで居たいのに、想いが溢れてしまいそうだから。代わりに四葉を渡す。 「おおー、ありがとう。優菜のおかげで合格できそう!」 「油断しないでしっかり勉強しなよ」 「優菜もな!」  受験が終わったら、ちゃんと伝えよう。だからそれまでは『幸運』が康太の傍にありますように。 【了】
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