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二面性と花言葉
私はこの春社会人となって、一人暮らしも始め、新生活の第一歩を踏み出した。職場には憧れのイケメンな先輩もいて、絶賛片思い中!! 大学生のときの彼氏とは遠距離になって自然消滅。ゴミのような男は相手にしないけど、表向きはいい人を演じる。心の声は秘密だ。
学生時代も何人か途切れることもなく彼氏がいることが当たり前という状態を保っていた。彼氏という存在は、私のプライドの保持と愛されるという安心感を得るためには必須だった。だから、今回も夢のオフィスラブを夢見て、先輩に猛烈アタック中。先輩はクールだけれど、仕事には一生懸命で聡明な人だ。人間的に尊敬できるし、結婚できたらいいのに、なんて野望を抱く。
そんな時に、小さな真っ赤なバラの花束とメッセージカードが会社の机の上に置いてあった。これは、愛の告白? もしかして、先輩だったりして? 私は急いでメッセージカードを開く。すると――
『あなたを愛しています』と書いてあった。
メッセージカードで愛を告白するなんて、なんて恥ずかしがり屋でしゃれたことをするのだろうと差出人の名前を探すが、カードの表裏の隅々まで探しても出てくる気配はない。きっと照れ屋なこの会社の社員のだれかが遠回しに告白してくれたのだと恋の予感を感じていた。
次の日、会社のロッカーにまた小さなパンジーの花束が入っていた。でも、ここは女子更衣室。男性は入ることができない。そこまでして私にメッセージを送りたいのだろうか? こんなことが表沙汰になったら、花束の差出人は会社をクビになるだろう。そこまでして彼は私に思いをつたえたいのだろうか? もしかして、差出人は女性だったりして? 女性が女性を好きになることもあるだろうし。カードを読むと――
『私を想ってください』
やはり差出人の名前はない。少し、怖くなった。ストーカーのような不気味さが漂う。ここは、昔から一番頼りになる幼馴染に相談しよう、そう思い、幼馴染の花沢愁(しゅう)にメッセージで連絡してみた。
『ちょっと相談があるんだけれど、今日暇?』
『ヒマヒマ、じゃあ夕方6時にいつものカフェで』
愁は幼少のころから近所だったのでよく遊んだ。どちらかというと元気で勉強は嫌いで、ノリがいいヤンチャなタイプで、異性を意識せずに話すことができる唯一の男子だ。
「おひさ~」
愁は相変わらず元気が良くて悩みなんてひとつもなさそうな能天気な感じがする。体育会系だしさばさばしていて、男気がある。でも、こいつには恋愛感情は抱けない。勉強が嫌いな愁は大学には進学せずいまだにフリーター。そんな不安定なところも自分とは正反対だと思えたし、彼女がいたこともない。イケメンでもないので、女性にモテないと思われる。でも、私は寂しい時や失恋した時はいつも愁に頼っていた。そして、彼はいつもどんな私でも受け入れてくれた。甘えなのかもしれないが、そういう関係なのだから仕方がない。
正直、夢もなく安定した仕事や資格取得などの将来設計を考えてもいないような男は恋愛対象外だということは、私の中で決まっていた。そして、イケメンではないということも恋愛対象外の一因ではあった。でも、そんなことを全く表に出さずに彼に甘えることは心地よい気持ちになっていた。しかし、愁の相変わらずダサい服のセンスはありえない。
「久しぶり、相変わらず元気そうだねっ」
私は上目づかいでわざとしおらしく振舞う。多分、愁は私が好きなのだろう。だからこそ、期待して今日も会いに来たのだろう。でも、可能性が1パーセントもないなんて彼は気づいていない。気の毒に。
私の心の声は毒づいていたが、それは私の中ではいつものことだったので、二面性があることはひた隠す。ずっと小さなころから隠してきたので、愁は私の裏の顔は知らないだろう。
「実は、ストーカー被害にあっていて……」
「まじで?」
愁が驚いた顔をした。表の顔は悲劇のヒロインであり、裏の心ではモテるということを自慢する。でも、天然を気取っているので、わざとだとは悟らせない技術も習得していた。悲劇のモテ女、完成。
「毎日花束が届くの。一昨日には会社のデスクにあなたを愛しているというメッセージが添えられていたの。昨日は会社のロッカーに私の気持ちに気づいてっていうカードがあって」
私はわざと必要以上におびえて弱さと女性らしさをアピールする。そして、同情を引こうとした。相手が馬鹿だと簡単に騙されてくれるから、助かる。
「それって、花言葉じゃない?」
「花言葉?」
「よく、花を贈るときにメッセージを込めるって恋愛小説にあったりするだろ?」
「怖いよ……」
本当はこの程度で怖いなんて思っていなかった。多少不気味だが、私のことを愛する誰かの仕業だろう。私はモテる女性だということを暗にアピールする。
一人暮らしを始めたアパートはカフェから近いので、そこまで愁に送ってもらうことにした。すると、玄関のドアの前にシロツメクサの花束が置いてあった。
『私のものになって』
と書かれていた。住所まで特定されたのでは気味が悪い。
「やだ、気持ち悪い。住所調べたってことかな。勝手に部屋に入ってきそうだよね」
「心配だから、俺がしばらく一緒にいようか? シロツメクサの花言葉って復讐っていう意味もあるらしいよ」
「愁、意外と花言葉に詳しいんだね」
こんなときに愁は便利だ。都合がいい男だ。私を安全から守ってくれるし、男女の関係を求めることもしない。頭もよくないから、駆け引きも苦手なのだろう。
「ありがとう。助かるよ」
そう言って、私は愁を招き入れ、お茶を出す準備をする。
すると、鍵をかけていたはずの部屋の机の上にも知らない種類の花束があった。
『君を離さない』と書いてある。
「鍵をかけていたのに、誰が侵入したのだろう?」
「これ、イカリソウっていうんだよな。大丈夫、俺が守るよ」
「愁って花の種類に詳しいんだね。初めて見た種類の花だよ」
ふいに、私の肩を抱き寄せようとした愁の手をほどく。勘違いしないでほしい。あんたなんかに抱きしめられたくない。心の中で愁を馬鹿にする。そして、お茶を入れることを口実に愁から離れた。
少しの沈黙の後、愁は話しかけてきた。
「琴葉は今、彼氏いないの?」
愁のやつ、探りを入れてきたのね。
「いないよ。でも、会社で好きになった先輩はいるけどね。その先輩からのメッセージだったらうれしいって思っていたけど、ちょっと陰湿なアピールは怖いよね」
これで、予防線を張る。フリーだけれど、好きな人はいるから、あんたの入る余地はないってことよ。わかった?
「俺たち、結構友達期間長いよな。お前にとって俺って、一番話しやすい友達だったりする?」
「そうだね、いい友達だよ。それ以上でもそれ以下でもないって」
その言葉のあとに、一瞬愁は黙ってしまった。もしかして、ショック受けたとか? 1ミリも可能性がないのに、期待するだけ馬鹿よね。そう思っていると――
「実はさ、俺、最近特殊能力が身に着いたんだ」
「なにそれ? どんな能力?」
「相手の心が読める能力と瞬間移動できる能力」
「漫画の読みすぎじゃない?」
私は冗談だと思って愁の言うことを聞き流した。
「心を読める能力なんて、ないほうが良かったよ。さっきからおまえが俺を馬鹿にする心の声がびしばし耳に鳴り響くんだ」
「何言っているの? 私何も馬鹿にするようなこと言ってないじゃん」
愁が鞄から小さな花束を取り出した。
『あなたなしでは生きられない』とかいてあるカードと共に。私はこのカードを見て、きもいって心の中で叫ぶ。
「これって……愁が花束を置いていたってこと?」
「今、キモイってさけんだよな? 大声で心の中で叫んだよな? プリムラっていう花なんだけどさ、馬鹿なりに花言葉を勉強したんだ。全ては琴葉のためだよ」
愁の目がいつもと違う狂気と怒りに満ちていた。幼馴染でも、こんな顔は初めてみる。もしかして、本当に心が読めるの? 本当に瞬間移動ができるのならば、女子更衣室に入ることも、鍵のかかっている部屋に入ることも可能だ。
「俺は小さいころからずっと琴葉を好きだったんだ。だから、おまえを喜ばそうとしたのに……突然身に着いた心を読む特殊能力のせいで、おまえが憎くなったよ。可愛さ余って憎さ100倍っていうだろ?」
愁の手が私の首をつかむ。息ができない……。このまま私、死んじゃうの?
「俺は、どんな手段を使ってでも琴葉の心を手に入れる。そのために馬鹿なりに色々勉強したんだ。今からお前は俺の奴隷だ。俺なしでは生きられない。食事もトイレも俺の許可がなければ自由にはさせない!! 逃げ出すなんて不可能だ。俺はおまえの心の声を聞くことができるからな。嘘をつくことはできないぞ」
「ごめんなさい……」
「もっと誠意を込めて謝罪しろ!! おまえのために犯罪心理学を色々勉強したんだ!!」
愁にこんな一面があったなんて幼馴染の私でも知らなかった。だって、彼はいつも明るくお人好しで……。でも、こんな狂気的で復讐じみたことをする一面も持ち合わせているなんて……。人はふとしたきっかけで秘めた一面を前面に押し出してしまうのかもしれない……。それは、表と裏の意味を合わせ持つ、まるでシロツメクサの花言葉のようだった。
♢♢♢
愁は暴力を振るったかと思えば、優しさを見せる。次第に、洗脳されていく。拘束されて逃げ出すことができない私は彼のことを好きになりかける。
惚れっぽい私は『ストックホルム症候群』という心理術にかかりやすいタイプだったらしい。犯罪者を好きになることで心理的に楽になろうとする人間の心理らしい。怖いけれど、すべてのプライベートを拘束されたからには、彼に委ねるしかない。食事ができるのもトイレに行くことができるのも全て彼のおかげなのだから。彼がダメと言えば、空腹で死ぬし、私の洋服は排泄物で汚れてしまう。私の人間としてのすべてを受け入れてくれる愁。汚れた洋服の着替えや入浴を手伝ってくれる愁はとても良い人だ。そう、いつのまにか私は彼に感謝をしながら生きているのだ。
愁なしでは生きられないと――
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