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(今日も、いなかった……)  モニタの前でだらだらやっていた宿題も、いつのまにか終わってしまった。念のためにゲームタイトル画面に戻って、またログインする。目的のユーザIDは見つからないし、招待もない。それを確認してからPCを終了させる。  俺はぐっと背を伸ばしてから、反動で溜息をついた。  夏休みが終わる。  この数ヶ月頻繁に遊んでいたネット上の友達は、一週間前から急に姿を見せなくなった。  都合が悪いことだってあるだろうし、夏休みだから旅行にいくこともあるのかもしれない。  確かに、個人的なことはあまり話さなかったけれど、俺たちはすごく仲が良かった。だからもし長期間ログインできないなら、事前に何らかの方法で一言知らせてくれるはずだ。絶対に。だって毎日のように遊んでいたんだから。  PCが壊れたとか、親に禁止されたとか……。あんまり考えたくはないけど事故とか。彼が突然いなくなる理由はいくつか考えられた。  いつか復帰してくれるならいいけれど、その時期だってわからない。普通にやりとりできる連絡先を訊いておけばよかった。  ボイチャもしたことがないので声も知らない。顔だって。  けれど、それでも俺は相手に好感を持ってた。それはチャットの端々に見え隠れする思想とか、毒舌とか……。そういうものだ。自由奔放な姿は、観ていて爽快だった。彼は俺よりも一つ上の高校生だという。物知りで、たまに相談に乗ってくれた。 いつか会えるなら、会って話をしてみたかった。多分彼は俺を女子だと勘違いしてるけど、そのことも説明したい。こんなに唐突に、関係が終わるなんて思ってなかった。  親は、ネットだけの人間関係なんて限界がある、そう言っていた。顔も見えない、素性も知らない相手は最終的には信用できないし、そこで親しくなってどうするのかって、ずっと批判的だった。  俺は、そんなふうにしか物事を考えられない親が大嫌いだった。  反抗するように、俺は毎日オンラインゲームで遊んだ。  現実の友達付き合いが適当になっても、どうでもよかった。部活はやめたし、幼い頃から通っていたスポーツセンターにだってもう何ヶ月も顔を出していない。  空手を辞めた時は、俺の人間関係がそこに偏りすぎていたってはじめて気づいた。  今やめるなって何人にも言われた。今までの練習が無駄になる。成長期の、一番伸びる時期のブランクを取り戻すのは大変だって、もったいないって何度も聞いた。才能と体格に恵まれて、一体何が不満なんだって、文句を言われた。好き勝手な言葉を投げつけられて、傷ついて、そんななかで出会ったゲームの友達は、唯一俺の気持ちを理解してくれた。  詳しいことなんて話さなかったのに、まるで全部俺のことを昔から知ってるみたいだった。親より、現実の友達より、俺の事を知ってた。あんな感覚初めてだった。  この世界のどこかに、こんなに俺を分かってくれる人がいる。そう思うだけで、信じられないくらいに気持ちが楽になって、毎日幸せだった。  学校が始まっても、決まった時間にログインして、彼を待った。 事故で入院パターンも考えて、まだ待とうと思った。俺が諦めてしまったら、もう再会はできないだろう。  12月に入っても音沙汰はなく、俺は反応のない状況に耐えられなくなってきてログインの回数は減った。一日置き、3日、1週間……。  クリスマスの頃になると、街の華やかな雰囲気が憎くなってきた。夏休みに彼を見失ってからは、勉強だけが俺の心のよりどころだったけれど、それも限界が近づいていた。入試が終わったら、その時俺はどうなってしまうんだろう。  ふとわいた不安は、一人では解消するのが難しかった。そんな時、俺が属していた会の稽古はじめに誘われた。挨拶もしないで辞めた俺にもう誰もなにもいってこなかったけれど、誘ってくれたのは、小学校の頃一緒にスポーツセンターに通っていた友達だった。転勤で隣県に越してしまったけれど、時々こっちに顔を出す。  その友達には会いたい、と思った。  俺は年明けから、ゲームにログインしなくなった。  親の言うことが正しかったのかもしれないと、思い始めてた。  こんなに簡単に、一方的に切れてしまう関係性。そこに時間を割くなんて……無意味だったのかもしれない。
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