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目の前のアイスティーには一切手をつけず、彼は言う。
「すごく軽い気持ちだったんです。まさかゲーム内でちゃんと友達ができるなんて思っていなくて……。実際会うわけでもないし、いいかなって。本当に反省してます」
「うん……」
「今日まで黙ってたのは……、すみません。迷ったんですけど、どうせ会うなら直接顔を見て謝ったほうがいいのかと思いました」
「白あんが男だってなんだって、別にいいよ。あのゲーム、ネカマやってるやつ結構いただろ? 告ったら相手が男だったって話は、聞いたことある」
「そうですが……」
「それに……、はっきり女って言ってたわけじゃない。使ってるキャラが女性で、……趣味が女性っぽかったから俺が勘違いしただけで」
「趣味は本当です」
「そっか。ほら、飲みなって。ケーキも」
「そうだ。おいくらでしたか」
彼は急に慌てた様子でリュックに手を入れた。
「アイスティーは250円。ケーキは俺のおごり、勝手に頼んだし」
「勝手にじゃないですよ! 俺がモンブラン好きなの覚えててくれたんですよね、感動しました」
「あ、いや……。とにかく俺怒ってないないから、気にしなくていいよ」
押し問答になったので、俺はゲーム内でレアアイテムを借りっぱなしだった件を持ち出した。それは白あんも覚えていたので、きりよく五百円だけもらうことになった。
彼の見た目に衝撃を受けたが、話してみるとネットの印象とはそう変わらない。彼は華奢な容姿の回復系女性キャラを使っていた。言葉遣いも敬語だった。
何度か勧めると、ようやくアイスティーを飲みはじめた白あんを見て、俺はホッとする。
しばらく当時のゲームの話で埋まった。特に俺は中学卒業した春休みから高1の夏まで毎日のように入り浸ってた。
白あんとはその間、ほとんど毎日ゲーム内のチャットでやりとりをしていた。俺は当時はっきりした悩みを抱えていたわけじゃないけれど、学校に漠然と窮屈さを感じていた。
誰も自分のことを知らないネットの世界で、自由に過ごせるのがストレス解消だった。高1の夏休み、彼女が出来たことをきっかけに、白あんとの待ち合わせは終わった。俺がいつの間にかいなくなった、って感じだと思う。白あんとは何かを約束もしてたわけじゃないし、ゲーム内のつながりなんてそんなもんだと思ってた。
あの夏から、もう4年。俺は大学1年生になっていた。
白あんと再会したのは今年の夏。ちょうど2ヶ月前。ゲームがサービス終了すると知ってSNSのハッシュタグを巡り、あるあるネタに笑ったりして、当時を懐かしんでた。そして数あるコメントの中に、白あんの名前を見つけた。
「あの頃って、確か同じ高1って言ってたよな?」
「……ええと」
彼は視線を落とす。
「実は一個下です。すみません……。あのゲーム、プレイヤーに大人が多かったし、なめられるかと思って、見栄張ってそういう設定にしちゃったんです」
また嘘か。もうここまで来るとどこまで信じて良いのかわからないな、と俺は思う。
「……俺も詐称こそしなかったけど相当イキってたし、人のこと言えないな」
「いや、そんな……」
「ま、気にするなよ」
俺はそう言いながら、背もたれにだらしなく寄りかかった。すると、なぜか白あんが笑った。
「何?」
「文字でしか知らなかったのに、ネットのまんまって感じです。紺碧さん」
「そう?」
「はい」
「そうだな……、あのゲームではかなり自由にやってたし」
騙していたとか、男だとか。それなりにショックなことはあったが、俺の心は落ち着いていた。
今後友達として仲良くなっても、白あんは俺を恋愛対象として見ない。恋愛に発展しない。そうわかっただけで充分だ。気が抜けた。逆にこれで良かったのかもしれない。
***
結局白あんとは1時間ぐらい話し込んでしまい、彼が夕方からの予定のために移動しないといけないと言うので、店を出る。白あんは、もともとライブ鑑賞の為に東京まで出てくる予定だった。それを知った俺が会わないかと誘ったのだ。
駅直結の地下通路へもぐる階段。その手前で俺たちは別れる雰囲気になった。人の邪魔にならないよう、植え込みの脇に寄る。
「今日、なんていうバンドのライブなの?」
「……あんまり有名じゃないんですが」
そう前置きして白あんが告げたバンド名は、聞いたこともないものだった。
「もともとは、とあるボカロPさんが立ち上げたバンドなんですけど、事情があってその人は抜けてしまったんです。でも今もサポートメンバーで入っていて、今日はそのPさんのバースデーライブ&バンドの3周年記念なんです」
「そっか。調べてみる、帰ったら」
「ありがとうございます。試聴もたくさん出てるので、もし興味がわいたら色々プレゼンしますので言ってください」
白あんは頭を下げた。
「うん……。じゃ気をつけてな」
「紺碧さんも」
一歩離れ、手を振ろうとしたタイミングで白あんが言った。
「あの、俺。紺碧さんに会えたら……訊きたかったことがあって」
「何?」
「夏休みの終わり頃に、急にあのゲームやめちゃいましたよね。あれって、何か理由があったんですか……?」
「あー……うん。あの時、……彼女が出来てさ。それで時間なくなって」
「そうだったんですか」
「……もしかして気にしてた? ごめん。でもあの頃って人口ピークだったし、すぐメンバー見つかっただろ?」
「あ、はい! もちろん! 大丈夫でしたけど……、急だったんで何かあったのかなって思ってたんです。……彼女か……。紺碧さん、すごくモテそうですよね。まさかこんな人が紺碧さんとは思ってなくて、ちょっと驚きました」
胸がひりひりと痛む。奥歯を噛みしめる。俺は苦笑いした。
「こっちの台詞だろ。白あんは性別まで違うんだから」
「……そうでした」
白あんも笑った。はぁ、結局こいつもか。
俺は心の中で愚痴た。俺の内面を先に知っていても、結局なにも変わらない。俺を見た目で判断する。
俺がモテるとかモテないとか みんな褒め言葉として使うからタチが悪い。勝手に理想像を作り上げて期待して、そして言うんだろ『思ってたのと違った』って。
「今は、……彼女いるんですか?」
「ああ……、いないけど」
「……そうでしたか。あ、でも紺碧さんならすぐにきっと、またいい出会いがありますよ。こんなに格好いいんだから」
「おい白あん」
自分の発した声が、かなり冷静さを欠いたものであると自覚しながら、止められなかった。
「んなことおまえに関係あるか? 俺に彼女いるとかいないとか」
白あんは目を見開いて、時が止まったように身動きせず俺を見ていた。
「何も俺のこと知らないくせに」
気まずい沈黙が流れた。俺はしばらくして我に返る。白あんの視線に耐えきれず、目を合わせられなかった。
「……わ……、悪い……。実は別れたの昨日なんだ」
「えっ、その高校のときの子と、ですか?」
「いや別の子だけど……。それで……まだ気持ちの整理ついてなくて」
「いえ……。昨日の今日じゃ、大変でしたね」
とっさに嘘をついてしまった。別れたのは何ヶ月も前だ。
そして気づいた。これじゃ、俺が彼女持ちの状態なのにネットで知り合った女性を誘って会うという、軽い男になってしまう。どうやって訂正しようか悩んでいると、白あんは言う。
「話、聴きましょうか?」
「あ、いや……大丈夫」
「ライブ、9時には終わるって書いてありました」
「……そのあと高速バスで帰るんだろ」
「はい」
「いいよ、変な気遣うなよ。白あんに会えて気晴らしになったからさ、……またな」
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