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スポーツに力を入れている大学だとは知っていた。寮まで用意されている部もある。
あまり興味がなかったせいで、俺の視界に入らなかったらしい。体育館手前の廊下には大きなガラス張りの棚があって、よくよく見ればトロフィーや賞状が沢山飾られていた。
その中には空手部の物もあった。やはり全国で何位とか、そういう順位だ。
(これなら、断られても仕方ないか……)
俺は白あんの引越しが落ち着いた頃を見計らって、メシでも食いに行こうと誘った。だが断られてしまった。2度も。その時点ですでに部の練習が始まって忙しい、なんて言っていた。
まだ大学も始まってないのに部活が厳しすぎじゃないかと思ったが、ここに飾られた数々のトロフィー……、写真の中の屈強そうな男たちを見ていると、全国レベルっていうのは、そういう練習が普通なのかもしれない、と感じた。俺は運動部には入ったことがないから、すぐにはピンとこなかった。
4月になり、大学内で白あんと顔を合わせることも多くなった。たいてい俺が先に見つけて声をかけるけれど、白あんは照れているのか、あまり反応を返してくれない。それがなんだか可愛く思えて、俺はちょっかいを出せる後輩ができたことが嬉しかった。……欲を言えば本当はもう少し、白あんにも嬉しそうな顔してほしいけど。
「剣くん、なに見てるの?」
声をかけられ横を向くと、女子が俺に並んで賞状を眺めていた。顔見知りの子だ。
「あ……。スポーツ結構すごいんだなーって、うちの大学」
「だよねー、説明会のときもすごかったし。スポーツ推薦で入る人も結構いるしね。剣くんはサークルとか部活……何も入ってないんだっけ?」
「うん。どっちかっていうとバイトに時間割きたいかなって」
「バイトもいいよね、わかる」
彼女は講義で度々一緒になる。落としたプリントを拾ってくれたり、よく声をかけてくれる。物言いがはっきりしているところに、好感を持っていた。
彼女が、急に俺に向き直った。何事かと視線をやる。
「ねえ、駅の向こう側に大きい公園があるの知ってる?」
「公園? 聞いたことはあるけど」
「ブランコが置いてあるのじゃなくて、犬が散歩ができそうな広いとこだよ。そこに先週カフェができたんだけどメニューがすごい美味しそうなの。行ってみない?」
「そうなんだ、いいね」
「今日とか、明日は?」
「今日でもいいよ」
「ほんと?! すっごく嬉しい! ありがとう」
彼女はそう言い、手を叩いて喜んだ。
あれ、この子ってこんなに可愛かったっけ……?
髪の毛もなんかサラサラだし、服もおしゃれだ。瞬きに見惚れた。
待ち合わせの時間と場所を決め、スマホで連絡先を交換すると、彼女は大きく手を振りながら笑顔で去っていった。その後ろ姿は、窓からの陽光に照らされて輝いてる。
(もしかして、俺……)
彼女が角を曲がった廊下の突き当りを、俺はぼうっと眺めた。
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