『桜』

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『桜』

 一本の桜の木がありました。一度は枯れた桜の木だったのですが、ふわりと一枚の白い羽根が舞い降りてからというもの、新しい命が宿ったかのように息を吹き返したのです。この桜の木は、少なくとも二つの時代を生きてきました。  一つ目は、激動の時代でした。夜の帳が朝も昼も下っていた頃で、皆が希望を見失ってしまい、暗雲が空を漂ってばかりおりました。二つ目はと言えば、変化の時代です。多くのものが生み出されましたが、同じようにして多くのものが捨てられてしまいました。やはり、どの時代も人々の影は落ちる一方で、その意味では、変容の時代だったと言えるのでしょうね。  ですが、今となっては、その桜の木も花を咲かすことがなくなりました。それは、三つ目の時代へと差し掛かった矢先のことでした。例え弱々しくとも、その身に宿った命を燃やしながら、毎年の春に桜を花々を咲かせていたのですが、もう、それもありません。  清らかな白さを宿した、一枚の白き羽根。きっと、それが使命だったのでしょう。一度は桜に再起を許した羽根も、二度目ともなると、朽ち逝く運命を退けることはできませんでした。役目を終えた桜の木に、静かに安息を与えたのですから。空高く見上げると、皆が新しい時代を祝う中であっても、哀しみの調べを奏でる真っ白な鳥が舞っているではありませんか。丁度、真下にある枯れた桜の木、その細い枝先には、たった一枚の花弁が揺れているのでした――。〈了〉
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