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「もし来週も蛇の音が気になるようでしたら、ドクターに相談してみましょう」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
きっと榊原さんは自分でも、その音が精神的なものだと分かっているはずだ。ただそれでも人に訴えねばと思ってしまう点を、何とかしてあげられればいいのだけど。
榊原さんを見送り、カウンセリングルームを出る。ロッカーで身なりを整え、受付の看護師さんたちに声をかけて、裏口からクリニックを後にした。
夕方のスーパーは、ちょっと雑踏並みに混雑している。
真っ先に、特売の卵を二パック。それから日持ちのする根菜や小分けの豚肉などをカゴに放り込んでいると、カバンの中でスマホが鳴った。
「もしもし、お姉ちゃん?」
妹がラインではなく、直接電話をかけてくる理由は一つだけだ。すぐに電話に出たわたしの耳を、妹の尖った声が叩いた。
「今日、そっちに泊まりに行ってもいい? 公輔さん、また急な出張で二、三日、帰って来られないんだって」
「別にいいけど、今夜だけにしてくれるかな。明日の夜は職場の飲み会があるから、わたしも遅いのよ」
「わかった。ありがとう」
二年前に結婚した妹は、三つ隣の急行停車駅に住んでいる。今の勢いなら、三十分もしないうちにうちまでやってくるだろう。
わたしは急いで、メッセージソフトを立ち上げた。誰に見られても大丈夫なように、高校の同級生の名前に設定している番号に、「今日、祐未が泊まりにくるから」と送ると、待つ間もなく、
――ちぇっ。
と、一言、帰って来た。
――その代わり、明日朝には帰ってもらうから。明日の夜なら大丈夫。
――明日は本当に出張なんだよ。だから今夜寄ろうと思って、二泊の出張ってことにしたのに。週末は?
――土曜は昼まで仕事。その後なら。
――わかった。じゃあ、夕方に寄る。
子供がいない妹夫婦は、週末でもそれぞれの用事でバラバラに出かけることが多い。夕方から公輔さんがうちに来て、深夜に戻っていくことは、これまでも幾度もあった。
ちゃんと聞いたことはないが、おそらくわたしのスマホの番号同様、「悩み事を相談してくる職場の後輩」が妹対策として設定されているのだろう。
妹と公輔さんは、決して仲が悪いわけではない。ただわたしと公輔さんが、義理の姉弟の関係を越えて親密すぎるだけだ。
(続きは『こわいはなし』にて掲載。全体4800文字)
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