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「こじらせた結果ね」
あっという間に冬休みも終わり、学校が再会していた。
凍てつく寒さのせいで、中庭へも屋上へも行けず、教室の中で暖をとっていた英奈は、桃子が薄々分かっていた事実をキッパリと口にした。
桃子は情けない思いで、悲壮感いっぱいに項垂れる。
「そうだね、本当にそうだよ。でもね、仕方ないと思わない?女の子として見れない、ってハッキリ振られてたんだよ?あの時は嬉しさよりも、戸惑いの方がまさっちゃったんだよ…」
「でも、矢嶋君は桃ちゃんにキスしたじゃない。桃ちゃんも、さすがにそれは分かってるでしょ?」
英奈に堂々と聞かれ、桃子は真っ赤になりつつ、小さく頷いた。
あの時はびっくりし過ぎて、律斗とキスをしたと言う実感があまりなかったのだが、こうして時間が経つと、唇の感触と心地よさが鮮明に記憶に蘇って、とてつもなく胸がドキドキとし、とてつもなく意識してしまう。
普段通りの律斗がそばに来るだけで、彼が何をしていても唇に目が行ってしまうし、もう一度したいと言う欲求に苛まれた。
はしたないと思うが、恋心が溢れた年頃の女の子だって、親には到底言えない事を、異性としたいと思ってしまうものだ。
だから、あの時、半ばポカンとして言ってしまった、「何かの間違い」発言が、己を苦しめるのだった。
あんな事を言わなければ、律斗ともっと触れ合えたかもしれない。
なんなら、念願の恋人にだってなれたかもしれない。
相変わらず律斗はいつも通りで、キスをしてからは、再びそのようなアクションを起こしてくる気配はなかった。
少しでもそのような気配があれば、好機を逃さずに飛び付くのに、とまで思ってしまう程、桃子は後悔に打ちひしがれている。
「知っちゃったから、余計に苦しいんだよ。好きな人とのキスが、あんなに気持ち良くて幸せなんてさ。全身がね、ブワってなるの。もう一度したいなぁって、でも出来ないなぁって思ったら、後悔が激しくて…」
律斗とのキスを思い返しながら、熱に浮かされた気分でぼんやりそう言うと、英奈の方が赤くなって気まずい顔をした。
「その気持ちは、分かるけれど…」
「はしたないよね。でもさ、止められないんだよ。なんなら、前よりりっちゃんを意識してしまってるよ。肩が触れただけで、心臓が口から出そうになるし…。キスの威力って、すごいね」
「もう一度、アタックしてみるのはどう?律斗君は、桃ちゃんが納得出来るように頑張るって言ったんでしょ?ちゃんと話せば分かってくれると思うけれど」
桃子は力なく「うん」と頷いた。
実は、桃子もすでに行動には移そうとしていた。
けれど、律斗があまりにも普段通りで、あのキスさえ無かった事になっているのではと思ってしまう程、本当に平然としていたので、どのように話を切り出せばいいのか分からないのだ。
それに、中々律斗と話す機会が持てなかった。
学校では他者の目もあるので、話しかける事はあまりないし、用事を作って家を訪ねようと思っても、バイトへ行ってしまって会えない日が多かった。
唯一一緒にいられるのは、朝の通学の電車内だけだ。
でもそれも、通勤通学ラッシュの最中であるし、ゆっくり話す事など出来ない。
気付けば、あのキスから数週間経っていた。
それこそ、あの一件が本当は夢でしたと言われても、全く疑う気になれないぐらいだ。
「話したくても、中々会って話せなくてさ」
「会えないなら、メールは?電話でもいいじゃない」
「うん、そうだね…」
頷いたものの、歯切れが悪くなってしまった。
あまりにも後悔してグズグズしてしまったせいで、あの時の事を切り出す勇気がなくなっていたのだ。
それに、普段から用事もないのに連絡する仲でもない。
面と向かって話すよりも、難しい気がする。
それでも、これだけ会う時間が持てないのなら、メールや電話に頼るしかなさそうだった。
「メール、なんて送ろうかな?」
「今夜電話していい?って」
「な、なるほど…」
急に緊張してしまい、冷や汗が出て来る。
固まる桃子に、英奈は囃し立てるように言った。
「桃ちゃん、勇気出さなきゃ。それに、ぐずぐずしてる暇、ないと思うよ」
目を丸くしていると、英奈はその勢いのまま言い募った。
「もうすぐ修学旅行、あるんだよ?ちゃんと関係をはっきりさせなきゃ、楽しくないじゃない」
「修学旅行…」
桃子はハッとする。
この学校は一年生に修学旅行があり、県外の雪山へ、四泊五日のスキー体験へ行くのだ。
グループに分かれ、インストラクターと共にほぼ一日中スキーに興じ、夜は宿舎でグッスリ眠ると言う、高校教師にとっては実に引率の楽な内容である。
つまり、生徒にとってはあまり色気の無いイベントでもあるので、それを承知している桃子も、律斗と二人で特別な思い出を作れるかもしれないと言う期待はなかった。
雪山で二人遭難、などあれば、それはそれでドラマチックかもしれないが、実際はそんな怖い思いはしたくないので、妄想に留めておくが。
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