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「うぅ、こんな自分が本当に嫌になるよ」
ポカポカと暖かい屋上でお昼ご飯のお弁当を食べながら、桃子は今日で何回目になるか分からない深いため息を吐いた。
隣でおにぎりを食べていた英奈が、「大丈夫よ」と慰めてくれるその傍で、菓子パンをかじる亮太が楽しそうに笑った。
「そりゃ彼氏からしたらめんどくせぇよ。ただのバイトの先輩だし、親しくなるのも当然だろ。まぁ確かに女子大生が魅力的なのは分かるし、俺ならコロッといっちゃうけど、まぁ律斗なら大丈夫だって」
「ちょっと水澄君、なんでいるのさ?」
半泣きになりながら問うと、亮太はケロッとした調子で言った。
「いや、だって楽しいし。女子のくだらん悩みが聞けて」
英奈とお昼を食べる時、たまに亮太はこうしてふらりと顔を出すようになっていた。
以前の楽しい三人に戻ったようで、でも前よりもずっと居心地が良いものになったのは、お互いの気持ちが別の方へ向いたからだろう。
「亮太君、そんな言い方はないと思うわ。桃ちゃんは真剣に悩んでるのに」
たしなめる英奈に、亮太はベッと舌を出した。
「勝手に妄想して不安になってるだけだろ。こんな事でヤキモチ妬いてたら、律斗と付き合っていけないぞ」
亮太のもっともな言い分に、桃子はうぅ、と唇を噛む。
「そうだけどさ…。その、嫉妬もあるけれど、なんだろう、凄く不安なの」
上手く言葉が出なくて困っていると、英奈が鋭く言った。
「女の勘、ね」
「勘?」
怪訝な顔をする亮太に、英奈は神妙な顔つきのまま言い募った。
「女の勘って、すごいのよ。大体何かがおかしい、と思ったら、絶対に何かあるのよ。そう言うものなの」
「やけにフワッとしてるな」
「侮っちゃ駄目よ。普段のんびりしてる桃ちゃんがこんなに不安がってるんだもの、紗江って言う人には用心した方がいいわ」
「お前さ、戸ノ崎を安心させたいのか不安にさせたいのかどっちなんだよ」
青ざめている桃子に気付いて、英奈がぎょっとする。
慌てて謝る英奈に、桃子は力なく微笑み返した。
「ううん、大丈夫だよ。やっぱり私の考えすぎなのかもしれないし」
「桃ちゃん、律斗君は絶対になびいたりしないから大丈夫よ!それだけは、自信を持って言えるわ!」
「はは、ありがとう…」
項垂れる桃子の頭を、亮太がパシッとはたく。
「何か起こる前からウジウジして悩むなよ。お前には自信ってもんが無さすぎる。そもそもの問題はそこだな。律斗ともっと親密になれば、少しは自信もつくんじゃねぇか?」
「親密…」
「あー、あれだ、恋人になったらするだろ。まぁ二人にはまだ早いかもしんないけど」
ポカンとほうける桃子に代わって、英奈が真っ赤になって捲し立てた。
「ちょっと亮太君!なんて事言うの!?セクハラだわ!」
「え、なんで?普通だろ。英奈だって彼氏いるから分かるだろ」
「い、いるけど、そんな事してないわ!」
「え、彼氏気の毒じゃん」
「亮太君!」
二人の応酬をきょとんと見ていた桃子は、やっと事の意味を理解して赤面した。
「え、は、えぇ!?」
「気付くの遅っ」
「や、そんな、あり得ないよ、それは…!」
狼狽える桃子に、亮太は涼しい顔で大胆に言った。
「なんで?自分に自信ないならさ、そう言う方法もあるにはあるだろ。してもいい関係なんだし。でも一つ間違えないで欲しいのは、自分の為にするのはいいけど、相手の心を繋ぎ止める手段にはするなよってとこ。男って別に体だけで彼女にぞっこんになるとかないし。そんなのは女の幻想、ファンタジーだから。まぁ結局、体で心は繋げないって話な訳で」
亮太の言葉の後半は、ほぼ桃子の耳には入らなかった。
(か、考えたことなかった…。そ、そう言うこと、してもいい関係なんだ、私とりっちゃんは…)
律斗と抱き合うだけのぽわぽわとした乏しい想像を頭に巡らせただけで、顔が熱くなって鼻の奥がツンとしてくる。
真っ赤になって固まる桃子に、英奈が気遣うように言った。
「桃ちゃん、変な風に真に受けちゃ駄目よ?まずはちゃんと気持ちの準備が出来てからするものだから」
「まぁそうだな」
「もう、亮太君ったら…!」
亮太を叱る英奈を尻目に、桃子は一人考え込んだ。
(それをしたら、自分の中で何か劇的に変わるのかな。自信、つくのかな…。この勝手な不安も、なくなったりするのかな…)
少し希望が見えて来た気がしたが、やはりそれをするのはハードルが高すぎると桃子は思った。
今はキスでさえいっぱいいっぱいであるし、それすら満足に出来ていない現状がある。
なにより、現実味がない。
「出来る気がしないから、それはやめておくよ…」
ポツリと呟いたが、ギャーギャーと言い合う二人には届いていないようだった。
桃子はお弁当の卵焼きをモソモソ食べると、また深いため息を吐いたのだった。
英奈には彼氏との約束があり、学校の帰りは桃子一人になった。
もちろん律斗はバイトへ早々に向かっているので、一緒に帰ることは出来ない。
つまらないな、と思いながら、一人でとぼとぼと校門を抜け、駅に向かって真っ直ぐと歩いている時だった。
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