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普段、傷痕について特に気にすることは無かったが、こういう時はやっぱり気掛かりになる。
初対面の人は、悪気はなくとも、やはりこの顔の傷を目にして驚くのだ。
そして、触れてはいけないと、気を使って腫れ物のように自分を扱う。
この過程を通らない道はなく、仕方ないとはいえ、中々に憂鬱でもある。
見慣れて貰うまで、こちらも結構な気を使うのだ。
(だからって、ウジウジして逃げちゃ駄目だよね。初めが肝心、明るく笑って誰かに話しかけよう…!)
自分のクラスを確認し、何とか己を鼓舞して教室へ向かう。
ガラリと重い扉を開けると、既に殆どの生徒が教室の中で賑わっていた。
(うわ、もうグループが出来てる…)
新しい教室の匂い、新しい人の気配に圧倒されながら、桃子は自分の席にそろそろと腰を落ち着けた。
誰か近くの人に挨拶しようとキョロキョロと辺りを見渡す。
隣の席に女の子が一人で座っていたので、「おはよう」と声をかけてみたが、「おはよう」と気まずそうに返されただけで、それ以上は会話を続けられなかった。
(うぅ、友達作りってどうやってたっけ…)
まごまごしていると、不意にガラリと教室の扉が開き、気だるそうな、それでも堂々とした男子生徒が入って来た。
律斗だった。
「え!?りっちゃん、同じクラスだったの!?」
思わず叫んでしまい、皆の視線が一斉に桃子へ向けられる。
その瞬間、教室の中の空気がザワついたのが分かった。
(……あ…)
自分の顔、いや、傷を見られている事が分かり、桃子は息を飲んだ。
慣れているとはいっても、やはりこの一瞬は緊張する。
律斗は固まる桃子を「バーカ」と言って通り過ぎると、すぐ後ろの席へ腰を下ろした。
痛い視線が、背後の気配のおかげで緩和された気がする。
駄目だと言うのに、律斗の存在が心を慰めた。
(言ってる傍から、りっちゃんに頼ってる…)
周りの視線よりもその事に落ち込みながら、桃子は小さくなってうつむいた。
友達作りは、焦らないでいよう、と言い聞かせ、桃子は一人で静かに時間が過ぎるのを待ったのだった。
始業式を終え、自己紹介やクラス委員、授業のガイダンスなどを受けた後、午前中で下校の時間になった。
放課後には運動部の部活紹介が体育館で行われていたが、文化部希望の桃子は、パフォーマンスに沸き立つ体育館を背に、一目散に手芸部の門を叩いていた。
手芸部には、3年と2年の女子生徒が合わせて5名いた。
桃子だけが新入部員なのだろう、彼女達は桃子の姿を見て一瞬目を丸くした後、わっ、と湧きたって桃子を歓迎してくれた。
お菓子やジュースも振舞ってくれ、桃子を蝶よ花よともてなしてくれた。
後輩が出来て浮かれているらしく、桃子は少し圧倒されつつも、彼女達の歓迎にホッと胸を撫で下ろしたのだった。
それから、手芸部の面々は世間話を交わしつつ、部活の内容や作品などを紹介してくれた。
年上の優しいお姉さん達は、桃子の傷痕に対して気を使う素振りはなかった。
とにかくテンション高く、思いっきり桃子を可愛がってくれたので、桃子も学校に居場所が出来たと思えて嬉しかった。
そうやってウキウキしながら手芸部の部室を後にし、まだ慣れない駅までの道をトコトコと歩いている時だった。
(あ、この道ってもしかして近道かな)
大通りからそれ、住宅地へと入って行く狭い道を見付けて、桃子はふと立ち止まった。
何となく、同じ制服を着た人影が横道にそれた気がしたのだ。
(散策してみようかな。もしかしたら近道かもしれないし。それに迷ったら引き返せばいいだけだしね)
手芸部のお姉さん達に可愛がられて、たぶん浮き足立っていたのだ。
桃子は普段より大きな気持ちで横道へそれると、少しだけ緊張しながら、それでも楽しい気分で知らない道を歩いた。
迷わないように目印を見付けながら、慎重に前へ進む。
暫く歩くと、線路沿いの裏手に出た。
(あ、やっぱり近道かも。りっちゃんに教えよう)
そう考えながら、角を曲がった時だった。
不意に、同じ制服を着た男子生徒が複数人、たむろしているのが目に入った。
仲間内で話しているのだろうと思ったが、どうも雰囲気が怪しい。
大勢対一人、であるのが何となく分かり、桃子は思わず立ち止まって彼等を注視した。
そしてそれは、すぐに起こった。
一人が相手の肩を付いた瞬間、それが合図になり、彼等の掴み合いの喧嘩が始まったのだ。
「ふざけんなてめぇ!!」
「あぁん!?ふざけてんのはそっちだろ!」
罵りながら胸倉を掴み合う彼等に、桃子は慌てて仲裁に入る。
「あ、ああああ、あの!待って!お、落ち着いて…!」
そう叫んでも、誰も聞いちゃいなかった。
めげずに、もう一度「あの…!」と声を振り絞る。
だが次の瞬間、殴り飛ばされた一人が桃子に向かって倒れ込んで来た。
不運にも、ベシャッ、と彼の下敷きになってしまう。
「調子乗んなよ、ガキ!!」
殴った一人がそう吐き捨て、わらわらと残りの男達を引き連れて去って行く。
その場に残されたのは、桃子と、桃子の上に乗っかった男だけだった。
「あ、ああああああの、大丈夫ですか!?」
上にのしかかった男の下から何とか這い出でると、桃子は殴られて倒れている彼の顔を慌てて覗き込んだ。
綺麗な黒髪に、長い睫毛、綺麗な肌、通った鼻筋。
一言で言えば、真面目そうな美形、だった。
苦悶の表情を浮かべて倒れていたので心配だったが、それよりもまず、見るからに優等生の風貌である彼が、あの騒動を本当に起こしたのだろうかと不思議に思った。
「あの、大丈夫ですか!?」
桃子は急いで通学鞄の中からハンカチを取り出すと、彼の口端に付いた血を拭って押さえた。
「どうしよう!救急車、呼びます!?」
大真面目に訪ねると、それまで目を閉じていた男はフハッと吹き出し、よっ、と軽々と体を起こした。
「これで救急車呼んだら笑われるよ」
ケロリとした彼の表情に驚いていると、不意に彼がまじまじと桃子の顔と傷痕を見つめてきた。
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