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律斗は感情が読み取り難いタイプの少年だ。
それが本来持っていたものではない事を、逸子は知っていた。
何故なら幼い頃の彼は、明るくてよく笑って、お気に入りのミニカーを小脇に抱えて落ち着きなく走り回る少年だったからだ。
そんな彼から笑顔が消えたのは、妹が頬に大怪我をしてからで。
それは傍目から見ても明らかだった。
息を潜めたような、なにかを常に警戒するような表情を見せるようになり、笑顔も減った。
あれだけハツラツとしていたのに、その姿もなりを潜めた。
だが、変わったのは彼だけではない。
自身の妹も、人の顔色をよく伺うようになった。
元々引っ込み思案な性格だったが、それに拍車をかけた感じだ。
すっかり暗くなった律斗の後を、これまた背後霊のように付いて回るようになった妹。
大好きな幼馴染みへの罪悪感を抱えているのは明白で、だから、二人が一緒にいる事は互いにプラスに作用しない事を、逸子は承知していた。
離れるべきなのだ。
彼等はお互いの首を締め付け合う関係にしかなれないのだから。
「あんたさぁ、この前言ってた彼女とはどうなったのよ」
大きなスコップを使い、玄関前の雪掻きを手伝ってくれている少年に、逸子は少しだけ落胆の気持ちを込めて訪ねた。
ダウンジャケットを着て、マフラーを鼻の上まで引き上げた少年は、その均等の取れた端正な瞳をチラリと逸子に向けると、手を休める事なく言った。
「別れたけど」
「なんで」
「うまくいかなかったから」
「なんで」
律斗は、あからさまにげんなりとした視線を向けてくる。
「逸子姉ちゃん、口じゃなくて手、動かせよ。さっきまで文句言ってたと思ったら、今度は俺の話?」
逸子は、持っていたスコップを杖代わりにして顎を乗せると、唇を尖らせた。
「だってさぁ、こう言う仕事は親がするもんでしょ?私こう言うの得意じゃないんだよねぇ」
「だから手伝ってるだろ。おじさんとおばさんは?」
「そっちと同じ。二日酔いで死んでる」
リビングで倒れている親を思って深いため息を吐く。
毎年、同じ様に苦しんでいるくせに、彼等は何一つ変わろうとしない。
自分よりずっと大人なくせに、学習出来ないようだ。
律斗はマフラーの下で小さく苦笑すると、チラリと家の方を見た。
「桃子は?」
思わず、出た、と呆れてしまう。
彼の口から桃子の名前が出ない日は、ないのではないだろうかと思ってしまった。
「熱出して寝てる。あの雪の中歩いてったんだもん、当然よね。止めたのよ、一応。でも行くって聞かないからさ」
雪掻きを始めた律斗は相槌すら打たなかったが、逸子は続けた。
「まったく、あの子はいくつになってもあんたしか見えてないのね。いつだって、自分よりあんたを優先しちゃってさ。ただの近所に住んでる幼馴染みの男の子なのにさ」
ピクリ、と少年の手が止まる。
逸子はそれを見逃さなかった。
「そう、ただの幼馴染みの男の子と女の子なのにね。それでいいのにさ」
ようやく、彼は手を止めて逸子に向き直った。
随分と年下の少年だが、彼に改めて見つめられると、不覚にもドキリとさせられる。
周りの大学生よりもずっと、彼は落ち着いて見えるのだ。
「なにが言いたいんだよ」
「いい加減さ、お互いに依存すんのやめなって言いたいだけだよ。前も言ったと思うけど、いつまでも心配しなくていいし、責任も感じないでいいよ」
「突然、なんだよ」
「今も、熱出して寝てるって聞いて、何か買って行ってやろう、とか、俺のせいで、とか色々思って、桃子が気になって仕方ないくせに」
図星だったのだろう、律斗は押し黙った。
こう言う所はまだまだ子供だと、逸子はしてやったりな気分になった。
「桃子もあんたも、いつまでもこのままなのは良くないよ。お互いに幼馴染みの枠からは越えられないんだからさ。そろそろ離れてかないと、この先色々面倒だよ」
律斗はふと考える素振りを見せると、意外にも穏やかに微笑んだ。
二人の為に、痛い所を突いてやろうと思っていた逸子は、彼の意外な反応に少しばかり驚いてしまう。
「なに笑ってるのよ」
「いや、確かに、色々面倒な事にはなったなぁって思って」
「はぁ?」
律斗はスコップの上に両腕を組んで乗せると、逸子に試すような笑みを向けた。
「心配してくれてるんだ」
「そりゃあ…」
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