第7話 これからの話

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律斗は感情が読み取り難いタイプの少年だ。 それが本来持っていたものではない事を、逸子は知っていた。 何故なら幼い頃の彼は、明るくてよく笑って、お気に入りのミニカーを小脇に抱えて落ち着きなく走り回る少年だったからだ。 そんな彼から笑顔が消えたのは、妹が頬に大怪我をしてからで。 それは傍目から見ても明らかだった。 息を潜めたような、なにかを常に警戒するような表情を見せるようになり、笑顔も減った。 あれだけハツラツとしていたのに、その姿もなりを潜めた。 だが、変わったのは彼だけではない。 自身の妹も、人の顔色をよく伺うようになった。 元々引っ込み思案な性格だったが、それに拍車をかけた感じだ。 すっかり暗くなった律斗の後を、これまた背後霊のように付いて回るようになった妹。 大好きな幼馴染みへの罪悪感を抱えているのは明白で、だから、二人が一緒にいる事は互いにプラスに作用しない事を、逸子は承知していた。 離れるべきなのだ。 彼等はお互いの首を締め付け合う関係にしかなれないのだから。 「あんたさぁ、この前言ってた彼女とはどうなったのよ」 大きなスコップを使い、玄関前の雪掻きを手伝ってくれている少年に、逸子は少しだけ落胆の気持ちを込めて訪ねた。 ダウンジャケットを着て、マフラーを鼻の上まで引き上げた少年は、その均等の取れた端正な瞳をチラリと逸子に向けると、手を休める事なく言った。 「別れたけど」 「なんで」 「うまくいかなかったから」 「なんで」 律斗は、あからさまにげんなりとした視線を向けてくる。 「逸子姉ちゃん、口じゃなくて手、動かせよ。さっきまで文句言ってたと思ったら、今度は俺の話?」 逸子は、持っていたスコップを杖代わりにして顎を乗せると、唇を尖らせた。 「だってさぁ、こう言う仕事は親がするもんでしょ?私こう言うの得意じゃないんだよねぇ」 「だから手伝ってるだろ。おじさんとおばさんは?」 「そっちと同じ。二日酔いで死んでる」 リビングで倒れている親を思って深いため息を吐く。 毎年、同じ様に苦しんでいるくせに、彼等は何一つ変わろうとしない。 自分よりずっと大人なくせに、学習出来ないようだ。 律斗はマフラーの下で小さく苦笑すると、チラリと家の方を見た。 「桃子は?」 思わず、出た、と呆れてしまう。 彼の口から桃子の名前が出ない日は、ないのではないだろうかと思ってしまった。 「熱出して寝てる。あの雪の中歩いてったんだもん、当然よね。止めたのよ、一応。でも行くって聞かないからさ」 雪掻きを始めた律斗は相槌すら打たなかったが、逸子は続けた。 「まったく、あの子はいくつになってもあんたしか見えてないのね。いつだって、自分よりあんたを優先しちゃってさ。ただの近所に住んでる幼馴染みの男の子なのにさ」 ピクリ、と少年の手が止まる。 逸子はそれを見逃さなかった。 「そう、ただの幼馴染みの男の子と女の子なのにね。それでいいのにさ」 ようやく、彼は手を止めて逸子に向き直った。 随分と年下の少年だが、彼に改めて見つめられると、不覚にもドキリとさせられる。 周りの大学生よりもずっと、彼は落ち着いて見えるのだ。 「なにが言いたいんだよ」 「いい加減さ、お互いに依存すんのやめなって言いたいだけだよ。前も言ったと思うけど、いつまでも心配しなくていいし、責任も感じないでいいよ」 「突然、なんだよ」 「今も、熱出して寝てるって聞いて、何か買って行ってやろう、とか、俺のせいで、とか色々思って、桃子が気になって仕方ないくせに」 図星だったのだろう、律斗は押し黙った。 こう言う所はまだまだ子供だと、逸子はしてやったりな気分になった。 「桃子もあんたも、いつまでもこのままなのは良くないよ。お互いに幼馴染みの枠からは越えられないんだからさ。そろそろ離れてかないと、この先色々面倒だよ」 律斗はふと考える素振りを見せると、意外にも穏やかに微笑んだ。 二人の為に、痛い所を突いてやろうと思っていた逸子は、彼の意外な反応に少しばかり驚いてしまう。 「なに笑ってるのよ」 「いや、確かに、色々面倒な事にはなったなぁって思って」 「はぁ?」 律斗はスコップの上に両腕を組んで乗せると、逸子に試すような笑みを向けた。 「心配してくれてるんだ」 「そりゃあ…」
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