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桃子の熱が引き、体調が万全になったのは、お正月が開けてからだった。
律斗に出掛けようと誘われた約束の日はすっかり過ぎ去り、桃子も非常に残念に思って一人で落ち込んでいたのだが、律斗から初詣に行こうと連絡が入り、部屋の中を飛び上がり回って喜んだのはつい先程の事。
浮かれたまま急いでコートを羽織って、履き慣れたスニーカーを履いて玄関を出た途端、お洒落しなかった自分に激しく後悔して冷や汗を流したのもつい先程の事。
今は、大好きな幼馴染みの隣で、近くの神社に向かって歩道をゆっくりと歩いている。
(デートじゃないんだから、お洒落しなくても良かったよね。りっちゃんはお洒落してるけど、それは普段からもちゃんとしてる訳で。だから、意識しちゃダメなんだ。これからは、りっちゃんと普通に仲良くするんだから…。これが新しい関係なんだから)
頭の中で悶々と考えながら言い訳していると、ふいに隣を歩く少年がピタリと足を止めた。
「聞いてる?」
「へ…!?」
「聞いてないな…」
律斗は呆れた様子で嘆息すると、また歩みを始めた。
「あ、待って」
桃子は慌てて律斗の隣に並び直す。
高い鼻梁の端正な横顔をちらりと見上げ、ドキドキとときめく心臓を持て余しながら訊ねた。
「ごめんね。もう一回聞いていい?」
「体調大丈夫かって言ったんだよ。病み上がりで人混みの中行くの疲れるだろうし」
「あ、それなら全然大丈夫だよ!もう元気いっぱい!今からスクワットしてみせようか!?」
「いや、別にいい…」
「そ、そっか、そうだよね、あははは…」
乾いた笑い声の後、気まずい沈黙が流れる。
緊張してしまっているせいだろうか、律斗とどのような会話をすればいいか、分からなくなっていた。
(ど、どうしよう…。二人で出掛けるなんて、何年ぶりなんだろう)
記憶にあるのは、確か小学6年生の時だ。
ただ、修学旅行に持って行く洗面用具を一緒に買いに行っただけなので、お出掛けと言っていいのかは分からない。
でも、薬局に寄った帰りに、一緒にたこ焼きを食べたのはいい思い出だ。
公園の隅のベンチで、最後の一個をどちらが食べるか、色んなゲームをして勝負したのがとても楽しかった。
中学に上がってからは疎遠になったので、あの時が、お互いにとって最後の無邪気な子供の時間だったように思う。
「おい、また聞いてないのか?」
律斗の呆れた声に、ぼんやりとしていた思考がハッとクリアになる。
冷や冷やする思いで顔を上げると、やはり機嫌を損ねた瞳がこちらを見ていた。
「お前、やっぱり調子悪いんだろ。今から帰る?」
桃子はゾッと青くなると、慌てて捲し立てた。
「ご、ごめん!違うんだよ、ちょっと考え事してただけで!ご、ごめんなさい!次はちゃんとします!」
「いや、別に謝らなくても怒ってないから。心配してるだけだし」
「心配?」
「お前放っとくと無茶するし」
そう言うと、律斗はおもむろに桃子の額に手を当てた。
律斗の手のひらの感触に、カァッと頬の熱が上がる。
「あれ、熱い?」
「き、気のせいだよ!」
「顔赤いけど」
「気のせい!」
「ならいいけど」
桃子は顔の熱を誤魔化すように、律斗の前をズンズンと歩いた。
(まいったな、凄く意識してしまう…)
桃子の理想は、律斗への恋心を自覚しつつも、前向きで明るい関係を築く事だ。
意識し過ぎてギクシャクしてしまうのは本意ではない。
(離れたくないって思ってくれている間は、りっちゃんに居心地良く思ってもらわないと)
決意をあらたに、桃子は神社までの道のりを強く歩いたのだった。
馴染みのある近所の神社は、普段の静けさが嘘のように、参拝に訪れる人達で賑わっていた。
参道が人で埋め尽くされ、道すら見えない。
手水舎まで行くのに、石段の途中で立ち止まる程だった。
「人、多いねぇ」
毎年の光景だが、言わずにはいられなかった。
と言うか、毎年言っている気がする。
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