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ぼんやりと呟く桃子に、隣の律斗が注意深く言った。
「足もと気を付けろよ。ここで滑ったら洒落にならないから」
「うん」
こくりと頷きつつ、人の多さに圧倒されてキョロキョロと辺りを見渡していると、階段をゾロゾロと降りてくる集団の一人と肩がぶつかってしまった。
その拍子に石段を踏み外してしまい、体重が後方に傾く。
「あっ」と声を上げる前に、律斗の腕が背中に回って支えてくれた。
「バカ、気を付けろって言っただろ」
「ご、ごごごごご、ごめん…!」
階段から落ちそうになった恐怖からか、それとも間近に迫った律斗の焦った顔のせいなのか、心臓がドキドキとけたたましく高鳴った。
後ろの人に「すみません」と謝る律斗に習って、自身も慌ててぺこりと頭を下げる。
「うしろで立ち止まってる人も巻き添えになるから、本当に気を付けろよ」
「う、うん」
真剣にたしなめる律斗に、浮ついてしまいそうになった気持ちをすぐに切り換える。
だが、背中に回った腕が一向に離れないので、やはり心臓はずっとドキドキとうるさいままだった。
(意識しない、意識しない…)
そう念じていたものの、律斗とのふいな接触は桃子にとってかなり刺激が強かったようで。
人混みの中、律斗と肩が触れ合っただけで、全神経がそこに集中してしまう程、彼を意識してしまった。
「やっと、来れたねぇ」
長い時間をかけ、やっと本殿を前にした時には、桃子の異常な胸の高鳴りもようやく落ち着きを取り戻していた。
ご開帳された御本尊の前に立ち、鈴を鳴らしてお賽銭を投げ入れる。
頭を二回下げ、両手を二回打って目を閉じた。
(えっと、新年明けましておめでとうございます。今年も一年、何事もなくみんな元気に過ごせますように)
いつもの決まり文句を願った後、同じように手を合わせて目を閉じる律斗をチラリと盗み見る。
視線に気付いた律斗が、「?」と目を丸くしてこちらを見たので、桃子は慌てて顔を逸らすと、固く目を閉じて願った。
(りっちゃんと、このまま仲良く、ずっとそばにいられますように…)
例え恋仲になれないとしても、傍で彼を見守っていたいと桃子は思うのだった。
「あっ、見てりっちゃん。甘酒だって」
参拝を終え、引いたおみくじを木の枝に括り付けている時だった。
テントの下で、無料で振る舞われている甘酒に気付いた桃子は、早速列に並んだ。
「甘酒飲んだことあるの?」
ついて来た律斗に、ううん、と首を左右に振る。
「気になってたけど、飲む機会を逃してて。今日は飲んでみようかな。甘酒って、名前が美味しそうだよね。りっちゃんは飲んだことある?」
「あるよ。わりと好き」
「そっか、楽しみだなぁ」
「桃子はあんまりだと思うけど」
「え、そうなの?」
「たぶん。まぁ飲んでみろよ」
「うん!」
ワクワクとしながら、紙コップに入った甘酒を受け取り、そろそろと口に運ぶ。
ドロリとしたお米の舌触りと、独特な甘い風味、そしてほんのり香るアルコールの匂いに、桃子は口にした途端ぴくりと固まった。
「りっちゃん、これ…」
平気な顔をして飲む律斗を見上げ、青ざめる。
渋い顔をした桃子を見て、律斗はぷっと吹き出して笑った。
「やっぱり桃子は苦手だと思った」
「思ってた味と違ったよ…」
「好き嫌いあるからな。代わりに飲むよ」
「え、や、でも頑張って飲むよ」
「無理しなくていいし」
桃子の手からコップを受け取り、律斗がグイッと飲み干す。
間接キスだと考えてしまい、露骨に意識してドキドキとしてしまう自分が情けなくなった。
(こんな事くらいで、意識してどうするんだ…)
自分に呆れ、赤くなった頬をどう誤魔化そうか考えていると、突然背後から声をかけられた。
「あれ、律斗じゃん」
驚いて振り返ると、いつも律斗とつるんでいる男女のグループがこちらを見ていた。
中には藤田もいて、女子の殆どは綺麗な着物に身を包んでいる。
途端に気まずくなり、桃子は思わず後ずさった。
「なんでここに?お前らの地元じゃないだろ」
戸惑う桃子を隠すように、律斗がそう言って彼等の間に立つ。
「いやぁ、澤村が神社ハシゴしようぜって言うかさら。暇だから律斗の地元にでも行くかってなって。お前こそ行けないっつってたのに来てんじゃん」
桃子とも同じクラスの井田はそう言った後、黒縁眼鏡の奥にある目を細め、律斗の後ろにいる桃子を見やった。
「あれ、戸ノ崎さんじゃん。もしかして二人で来てたの?」
桃子が答えるよりも先に、律斗が答える。
「そうだけど」
「え、なに、二人ってそう言う関係?」
驚く井田に、桃子は藤田からのキツイ視線を感じながら慌てて言った。
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