第7話 これからの話

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「ち、違うよ!地元が一緒で、あの、ついでに一緒に来ただけだから!」 「あ、そうなの?二人って地元一緒だったんだ」 「そう、そうなの!家も近所で、だから一緒に行こうかってなって」 「へー、そうなんだ。じゃあ今から俺達と一緒に遊ばない?律斗誘ってたんだよ」 「あ、えっと…」 チラリと藤田に目をやる。 女子達の厳しい視線に、桃子はグッと重い唾を飲み下した。 「井田、あのさ…」 律斗が言いかけた時、桃子は咄嗟に言っていた。 「わ、私はもうお参りも終わったし、家に帰るね。り、矢嶋君は、井田君達と一緒に行くといいよ」 律斗がハッとこちらを見た気がしたが、気付かないふりをした。 井田が、気遣うように言った。 「戸ノ崎さんも遠慮しないでいいのに」 「うん、ありがとう。また学校でね。あ、そうだ、明けましておめでとう。それじゃあ」 急いで手を振り、彼等に背を向ける。 桃子は逃げるように人混みの中をすり抜けると、石段を駆け下りた。 降り立った後、緊張で詰めていた息を、はぁ、と深く吐き出す。 (うん、仕方ない。りっちゃんの交友関係を邪魔しちゃいけないんだから) そう考えつつも、少しだけ残念な思いはあった。 たった数時間だけだったが、律斗と過ごした時間はとても楽しかったのだ。 胸の高鳴りだって心地よくて、隣を歩いているだけで嬉しくて仕方なかった。 何気ない景色が全て輝いて見え、そんな夢のような時間が終わった今、反動からか、寂しさが募っている。 それでも、仕方ないのだ。 自分はただの幼馴染みで、ようやく一歩踏み出し、律斗の傍にいられるようになったのだから。 寂しさは感じつつも、今までのことを思えば幸せ過ぎるくらいだ。 (楽しかったなぁ。甘酒、飲めない事が分かったけれど、いい思い出になったなぁ。あ、イカ焼き買って帰ろ) 気持ちを切り替え、露店のイカ焼きの列に並ぶ。 ホクホクとした気持ちでイカ焼きを受け取ると、近くの公園のベンチに座り、豪快に頬張った。 甘辛い懐かしい味に、どこかホッとする。 弾力のある身をムグムグと噛み砕きながら、目の前に広がる芝生をぼんやりと眺めた。 そしてそれは、イカ焼きを半分ほど食べた時だった。 「おい、なに勝手に帰ってんだよ」 驚いて振り返ると、明らかに怒った顔をした律斗が立っていた。 探し回ったのだろうか、微かに息を切らせている。 「りっちゃん!?どうしたの!?」 取り落としそうになったイカ焼きを慌てて持ち直しながら訊ねると、律斗はやや乱暴な様子で隣にドカッと腰を下ろした。 桃子の手にあるイカ焼きと口元をチラリと見やってから、深いため息を吐く。 「どうしたもこうしたもないだろ。なに呑気にイカ焼き食ってんだよ」 「ご、ごめん」 何故怒られているのか分からないまま謝ってしまうと、当然それを見抜いている律斗は、ベシッと桃子の額を小突いた。 「バカ、本当に分かってんの?まさか置いてかれるとは思ってなかったんだけど」 「えっと、だって、みんなに誘われてたから、そのまま遊んで貰ってもいいと思ったんだけど…」 呆けながらそう言うと、律斗は今度こそげんなりした顔をした。 「お前さ、マジで鈍いよな」 「えっと、りっちゃんよりは、鈍くないと思うよ?」 大真面目に言うと、律斗はムッと唇を引き結んだ。 その様が何だか可愛くてときめいてしまっていると、ふいに律斗の親指が乱暴に桃子の口元を拭い、その親指を軽く口に含んだ。 「俺よりずっと、桃子の方が鈍いけど」 真っ赤になって固まる桃子に、律斗が「タレ付いてた」とニヤリと笑う。 ドキドキと煩くなる心臓の音を耳の奥で聞きながら、桃子は肩をすくめた。 「りっちゃん、私の事気にして戻って来てくれたの?嬉しいけれど、お友達といてくれても良かったんだよ?丁度お参りも終わってたんだしさ」 その言葉に、律斗はいくばくか口をつぐむと、苦笑しながら言った。 「ちょっと確認していいか?」 「うん」 「桃子の言う、俺との新しい関係って、どう言う関係?」 動揺しそうになって、慌ててイカ焼きの棒をギュッと握り締める。 「え、えっと、これまで以上に、仲良くそばにいられたらな、って思ってるよ。傷痕のわだかまりとか、申し訳ない気持ちとか、全部ゼロにしてさ。無理に、離れないでいいように、いつまでも、仲良く…」 気持ちがまとまらないまま言った自覚はあったので、言葉も上手くまとめられなかった。 「それってさ、ずっと仲の良い幼馴染みの関係でいるってこと?桃子はそれでいいんだ?」 不安になって、思わず律斗の瞳から真意を覗こうと見つめる。 だが、その瞳からは何も読み取れず、どの答えが正解なのか分からなかった。 「やっぱり、だめ、かな?」 「それだと、俺は困る」 ズキリ、と心臓が痛みを上げた時だった。 律斗の顔が間近に迫った事を認識する前に、ふわり、と唇に柔らかい感触が走った。 「俺が望んでる新しい関係って、こう言う事だけど」 視界いっぱいに、律斗の端正な顔がある。 頬がほんのり赤みを帯びていて、瞳は微かに熱を帯びていた。
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