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桃子は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ようやく理解出来たのは、もう一度律斗の唇が自身の唇と重ってからだった。
目蓋を閉じる暇もなかった一回目のキス。
二回目のキスは、桃子が自覚するには十分な時間をかけられたのだった。
「さすがに、分かっただろ?」
そっと唇を離してから、律斗が珍しく照れた様子で言った。
驚きと、キスの余韻にうっとりとしてしまっていた桃子は、イカ焼きが地面に落ちた事にも気付けず、「うん」と小さく頷くのがやっとだった。
「ほら、とりあえず行くぞ。このまま家に帰るならそれでもいいし、どこかに行きたいなら付き合うし」
キスをした事実などおくびにも出さず、律斗は落ちたイカ焼きをテキパキと片付けながら言った。呆然としていた桃子は、ようやく息が出来た気分で律斗を見やった。
「りっちゃん、これは、あの、何かの間違い、ではないよね?」
律斗は、はぁ?と顔を歪めたが、桃子はそれすら納得出来ない気分で言い募った。
「だって、りっちゃん、私の事女の子として見れないのに。離れるなって言うのも、守りたいって言ってくれるのも、私を家族みたいに想ってくれてるからで…。だから…__」
律斗は歪めていた表情をおさめると、白々しく小首を傾げた。
「もう一回してみる?」
「え…」
固まる桃子に、律斗はふっ、と笑うと、グリグリと桃子の頭を乱暴に撫で、子供に言い聞かせるように言った。
「いきなり信じろって言うのも難しいよな。ま、ゆっくり行こう」
「ゆ、ゆっくり…?」
「そう、ゆっくり。焦らなくても、時間はあるんだし。桃子がちゃんと納得出来るように、俺も頑張るから」
「納得…」
「とりあえず、今日はデートだって事を意識してくれたら、それでいいよ」
律斗は軽やかに立ち上がると、「行くぞ」といつもの調子で桃子を促した。
桃子はよろよろとベンチから立ち上がる。
自分が大きな間違いを犯してしまった事に気付き、目の前が真っ暗になった気がした。
(わ、私、いま、ぜったいに、間違えた…)
スタスタと前を歩く律斗の背中を眺めながら。
桃子は己の失言に、キスの余韻さえ忘れて、心の底から後悔したのだった。
◇ ◇ ◇
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