第8話 分かっているのに

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「なんか拗ねてる?」 図星だったので、カァッと頬が熱くなる。 律斗の視線を一身に感じながら、固まって沈黙していると、律斗が小さく嘆息した。 「思ってる事あったら、ちゃんと言えよ」 「え…」 「お前さ、俺のこと、なんでも上手くこなせるって思ってるらしいけど、俺、察するとか、女子の気持ち考えるとか、そう言うのは苦手だから。だからちゃんと言って。桃子がなに考えてるのか」 顔を上げた先にあった、律斗の真面目な瞳に、ゴクリと唾を飲み込む。 「言って、いいの?」 恐る恐る聞くと、律斗は苦笑しながら優しく言った。 「当たり前だろ。桃子の話なら、ちゃんと聞きたい」 いくぶん躊躇ってから、素直に頷く。 だが、あれだけちゃんと話し合いたいと思っていたのに、いざ本人を前にすると何も言えない思いだった。 緊張にドキドキして、手が震える。 「桃子?」 肩をすぼめ、ギュッと膝の上で拳を握り締めて言った。 「あのね、りっちゃん、こ、ここここ、この前の、こと、だけど…」 「この前?」 「ほら、は、ははははは、初詣、行った時…」 「あぁ。それがどうかしたのか?」 律斗は、桃子の一言で気まずい顔をする事なく、あっけらかんと小首を傾げる。 惚けるつもりはなく、全く分かっていない様子だった。 こちらか言いたい事を一ミリも感じ取っていないのは明白で、彼の鈍さは可愛い所だと思っていた桃子であっても、今は笑えなかった。 「は、初詣、の、か、帰り…!」 ここまで言えば何を話したいのか分かるだろう、と意気込んで言ったが、律斗はいくばくか考える素振りを見せた後、あぁ、と相槌を打った。 「初詣の帰りか。あの後ゲーセン行ったんだよな。分かった、お前が中々取れなかったクレーンゲームのぬいぐるみ、俺が取って女の子にあげた事、根に持ってんだろ」 「え…!?」 確かに、ゲームセンターで欲しいぬいぐるみにお金を費やして頑張っていたのに、見かねた律斗が難なく取った後、自分の手に渡らなかったのは事実だ。 何故なら、泣いている迷子の女の子を見つけて、そのぬいぐるみを渡して迷子センターに連れて行ったからだ。 その事に関して、別に全く怒ってなんていなかったし、むしろ、泣いている女の子に優しく接する律斗に胸がときめいたぐらいだ。 ぬいぐるみを抱いて微笑む女の子を思えば、費やした千円だって安いくらいだった。 思いもよらない返答に、焦って言葉を探していると、幼馴染みの少年は笑いながら言った。 「ごめん、今度埋め合わせするから」 「え、や、えっと…」 「悪い、疲れたから寝る」 律斗はそう宣言すると、こちらの様子など全く気にも止めず、目を閉じてすやすやと眠り始めた。 整った寝顔を見ながら、桃子は小さくため息を吐く。 (私の、バカ…) 上手く伝えられない自分がもどかしかった。 結局、修学旅行までに律斗と話す事も出来ず、絶好のチャンスである今だって、上手く話せないでいる。 ふと、このままずっと、何も変わらずにいるのではと、桃子は思った。 少し残念でもあったが、それで良いかもしれない、と考える。 今、こうして普通に話して、笑いかけてくれるだけでも、以前の関係を思えば幸せなくらいなのだ。 (そうだ、こうしてりっちゃんの隣にいられるだけで充分じゃないか。それ以上望んだらだめだ) よし、と桃子は考えを改めると、隣で呑気に眠る幼馴染みの少年を、優しい気分で眺めたのだった。 桃子達を乗せたバスは、高速道路を降りて山手に向かい、いつの間にか雪深い道を進み始めた。 タイヤにチェーンを巻いたあと、暗がりに沈んだ雪の道をゆっくりと進んで行く。 生徒達は、雪が降り積もった道をノロノロと進むバスを、車中から不安げに見つめていた。 暫く雪の道をゆっくりと進んだ後、バスは古い宿泊施設の前で止まった。 ぞろぞろとバスを降りる生徒達に続き、桃子も英奈と共に降車する。暗がりの外に出た途端、凍てつく寒さが肌を刺した。 細かな雪が降る中、ぶるぶると震えながら荷物を受け取り、周囲の景色をよく見ないまま、寒さから逃げるように施設の中へ急ぐ。 四階立ての施設は、ホテルや旅館のような華やかさはなく、スキー客をメインとしているので、小さなロビーと売店、後は広い食堂くらいしか目立つものはなかった。 すっかり体調を持ち直した英奈と共に、5人部屋の和室へ向かう。 荷物を下ろすと、すぐに食事の時間だったので、桃子はさっそく食堂へ向かった。 揚げ物がてんこ盛りに盛られたプレートは、バス移動で疲れ切った桃子にとっては非常に厳しいもので、英奈と励まし合いながら食べた。 だが、三分の一は残してしまった。 そして重いお腹を抱えたまま、クラス毎に割り当てられている入浴時間に合わせて、ロビーのソファでぐったりと横になって待っていると、 不意に亮太が声をかけてきた。 「疲れ切ってんなぁ」 ソファに座ったまま振り返ると、ニヤニヤと笑っている亮太がいた。 あの一件から、気まずい仲になるのではと覚悟していたのだが、さすがは亮太、そのような態度はおくびにも出さず、いつも通り明るく振る舞ってくれているので、こうして気軽に話せる仲になっている。 「亮太君はピンピンしてるね」 亮太は洗面具の入ったビニール製のバッグをソファに放り投げると、ドカッと桃子の隣に腰を下ろした。 風呂上がりだろうか、寝間着のスウェットを着て、石鹸のいい香りを漂わせている。 彼は辺りを見回してから、目を丸くした。 「あれ、英奈は?」 「電話してるよ」
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