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「あぁ、彼氏か」
「うん。彼氏さん、なんだか心配してるみたい」
「まぁ、修学旅行だしな」
今度は桃子が目を丸くすると、亮太はタオルで髪を拭きながら面倒くさそうに言った。
「修学旅行マジックだよ。あちこちで相手探しで盛り上がってる」
「相手探し??」
「束の間の恋人だよ。こう言うイベントって、みんな気が大きくなるから」
「なるほど…」
「英奈の彼氏もそれが心配なんだろ。あいつ、割と陰で人気高いから」
「そうだね、英奈ちゃん可愛いから」
誇らしげに言うと、亮太はあからさまに怪訝な顔をした。
「お前、そんな呑気に構えてていいのか?」
「え、私?あはは、私が告白なんてされる訳ないよ」
ケタケタ笑うと、ますます亮太の顔は歪んだ。
「バカ、お前じゃねぇよ」
「へ?」
「律斗だよ、律斗。あいつ宿舎に着いてから三人には呼び出されてるぞ」
一瞬固まってから、「え!?」と飛び退く。
「りっちゃん、女の子に告白されてるの?」
亮太は、心底呆れ切ったため息をついた。
「お前な、そんな事も気付かないのかよ。ぼやぼやしてると横取りされるぞ」
「よ、横取り…」
「まぁ付き合ってるから、そこまで心配しなくてもいいかもしれないけど」
桃子は、青い顔をしたままふるふると頭を左右に振る。
「付き合ってない」
「はぁ?」
「りっちゃんとは、つ、付き合ってない…」
亮太は一瞬固まり、信じられないと言った様子で捲し立てた。
「なにやってんの、お前?てっきり収まるところに収まったと思ってたのに」
「い、色々あって、現状のままというか…」
「グズグスしがちな二人だとは思ってたけど、ここまでとは…」
心底引いている亮太に、桃子は肩をすくめる。
「し、仕方ないんだよ。幼馴染って、色々難しいからさ」
「難しくさせてるのは自分じゃないのか?」
図星だったので、うっ、と口籠もってしまう。
亮太は苦い顔をしていたが、不意にふはっと笑うと、弾むように言った。
「お前、相変わらずグズだからなぁ。ちょっとは大胆な行動に出るのも手だと思うぞ」
「大胆な行動?」
「こう、無理矢理、ぶちゅっと」
「で、出来ないよ!」
「あいつにはそれぐらいしないとな」
亮太は「よっ」と立ち上がると、桃子の頭をグリグリ撫でてから背を向けた。
「ま、頑張れよ。なんかあったら、相談くらいはのるから」
「う、うん」
「じゃーな」
去って行く亮太の背を見送りながら、いつも通りの仲ではない、そうなれるはずがないと、桃子は感じていた。
亮太から微かに感じる距離。
きっと以前の彼なら、英奈が来るまで、下らない話に興じていただろう。
寂しく思いつつも、仕方ないと諦める。
変化しない関係など、きっとないのだ。
(亮太君が元気なら、それでいいんだ。寂しく思うのは、身勝手だ)
暫く亮太のことを考えていたが、桃子の心はいつしか律斗に移り変わっていた。
すでに三人に告白されたと言う事実が、地味にボディにきいている。
(ど、どうしよう。さっきはこのままでいいなんて、呑気な事思ったけど、やっぱり駄目なんじゃないかな。くそぅ、どうしてこう、決意がすぐに揺らいじゃうんだ)
どっしりと構えられない自分にうんざりしていると、今度は可愛らしい声が自分を呼んだ。
「戸ノ崎さん、だよね?ちょっといい?」
ハッとして振り返ると、他クラスの女子だろうか、三人組の、馴染みない顔ぶれがそこにあった。
「は、はい」
思わず立ち上がって向き合うと、彼女達は好意的なのか攻撃的なのか分からない、妙な瞳の鋭さで桃子を見た。
「あのさ、戸ノ崎さんって、亮太君と別れたってのは本当?」
「え?えっと、それは…」
そもそも付き合っていないので、どう答えようか考えていると、この質問が本題ではなかったのだろう、彼女達はすぐに話を切り替えた。
「矢嶋律斗と、付き合ってないよね?」
刃先を突き立てるような鋭い声の響きに、悪い事をしていないのに、責められているような気分になる。
急な冷や汗が背筋を伝った。
「え、えっと、つ、付き合ってない、よ…?」
そう答えると、彼女達はあからさまにホッとした顔をしたが、すぐに表情を厳しくさせた。
「でもさ、戸ノ崎さんって矢嶋君と仲良いよね?」
「そ、それは、同じ地元だから…」
「そうなんだ。幼馴染みってやつ?」
「う、うん」
ようやく、彼女達は好意的な表情を見せると、急に桃子の手を取った。
「じゃあさ、この子と矢嶋君の仲、取り持ってくれない?」
「え…」
それまで、後ろの方で静かにしていた少女に視線を移す。
セミロングのサラサラした髪を持ち、瞳の大きな可愛らしい女の子だった。
困惑してしまう桃子に、彼女の友達はやや高圧的に続けた。
「ね、いいでしょ?幼馴染みだったら、仲取り持つとか余裕じゃない?ほら、矢嶋君ってあぁだから、他に話しかけられる女子って中々いないし」
「あ、でも…」
「お願い。この子、矢嶋君と友達になれるだけでもいいって」
この子、と呼ばれた女子は、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
本当に、律斗に恋をしているのだろう。
一瞬迷ってしまったが、桃子はキュッと拳を握り締めると、意を決して言った。
「あ、あの、お友達になれるように、口添えすることは、できるよ?でも…」
「でも?」
「その、私も好きだから。矢嶋君のこと」
予想はしていたが、彼女達の眉間に深い皺が寄った。
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