1.志摩 (20歳 学生)

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 日曜日の朝だった。  小さな物音で目が覚めた。誰かが起きて動いている?  時計を見るとまだ8時前だ。ド・マーニの住人は働いている人が多いから、休日の朝は遅めだ。こんな早くからどうしたのだろうと不思議に思ったので、着替えて居間に行ってみた。  ちょっと慌てていたから、うっかり部屋にマスクを忘れてしまった。 「えっ!」 居間に面した庭では、三人の男性が何やら作業していた。 みんな軍手をして、頭にタオルを巻き、そのうえマスクまでしている。全員住人の男性だった。 「何してるの!」 慌てて窓を開けて叫ぶ。 「あー! 志摩ちゃんマスクは?」 「あ」 そう言われて忘れていたことに気付く。つい窓から一歩下がった。 「みんなこそ、集まらないって決めたのに」  元々ド・マーニのメンバーは、あまり集まったりしない。ここに住んで2年経つが、一緒にパーティしたり、バーベキューしたりしたことがない。  もちろん会ったら話すし、仲は悪くないけれど、お互いの干渉は薄めなのだ。 それなのに、今度のことが起きた時、杉君がみんなにわざわざ言った。「集まるのはやめにしよう」と。 「ここで感染が広まったら他に行き場がない人が多いと思う。そうならないように」  わざわざそんなこと、言わなくていいのになあ、と思ったけれど、今は分かる。  こういうとき人は、いつもと違う自分を見つけたりする。    私だってそうだった。帰ってはならない地元への気持ちがああいうふうに表れたのかもしれない。    そう、私は帰れない。  帰らないのではなく、今は帰れないのだ。    帰らないことを選んでいるようで、ちっともそうではない。それしか選べない。それは選んだとは言わない。    仕方ないことだと理解していることと、帰れなくてさみしく思うことは別だ。    不安や恐怖は頭で分かっていても押し寄せてくる。  そのことを分かっていなかった。
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