疑問

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疑問

 出会いは、少女の余命が残り半年の時だった。 * 「ねぇ、こんなところで何してるの?」  後ろから突如かけられた声に、全身を跳ね上がらせ、勢いよく振り向く。私より背が少しだけ高くて、目にかかるくらいの黒髪はあちこち跳ねていて。背後から話しかけてきたそんな男の子は、全く面識なんてないのに、不思議と警戒心を感じさせなかった。  廃屋の庭で土遊びをしていた私は、土を落とすように手を2回叩くと、初めての訪問者に満面の笑みを浮かべて答える。 「遊んでるの!」 「遊んでるって……こんなところで? 危ないよ」 「ここは私が見つけた秘密基地なの。それに、ぜーんぜん危なくなんか無いよっ」  ふぅん。と、物珍しげに辺りを見回す男の子。その視線から逃れたいのか、目を惹きたいのか、そよ風がちょうど吹いていき、草木を優しく揺らしていった。  数ヶ月前に見つけたここは当然、誰の影もない。多分、何年も、何十年も前に廃屋になったのだろう。好奇心で足を踏み入れると、なんだか胸が熱くなって、人生で一番わくわくとした。いつも見ていた日差しも、雑草でさえも、輝いているように思えて。  こんな素敵な場所、誰にも教えるわけにはいかないって秘密にし続けていた。のに、まさか人が来るなんて。驚いたけど、来ちゃったものは仕方ない。 「良いところだね。自然豊かで、楽しそうな隠れ家だ」 「そうでしょっ! あのね、テーブルと椅子もあるんだよ」  視線を交差させ、ふんわり微笑む男の子の手を引いて、室内に入っていく。ドアは少し動かしただけで壊れてしまいそうなので、出入り口はいつも綺麗に割れた窓から。  先に室内に入ると、男の子は躊躇しつつも恐る恐る着いてきた。そうやって着いてきてくれるのが無性に嬉しく感じて、上がり続けるテンションのまま椅子に腰掛ける。  窓際。壊れそうだけど、案外しっかりしているテーブルと椅子。午後になれば、日差しが差し込んで、とっても良いお昼寝スポットになるのだ。  男の子が室内もきょろきょろと見回しながらも、椅子に座ったのを確認すると、頬杖をついて顔を見つめる。 「私、仲山 南(なかやま みなみ)。仲良しの仲にお山の山、方角の南、だよ!」 「俺は佐原 信(さわら しん)。信じる、って書いてそのまま、信って読むんだ」 「へぇー、信じる、の信かぁ……。とっても素敵だねっ!」  そうして自己紹介を終えた私達は、会話に花を咲かせる。好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味とか、得意なこととか。  あと、どうして私がここにいるのか、とか。 「もう私、あと半年しか生きられないの。病気なんだ」  絶句した表情を見て、初対面でするような話じゃなかったかな、なんて思う。だけど嘘を吐くまでのことじゃないし、何か言葉を待つわけでもなく、話を続ける。 「お医者さんにね、余命あと1年ですよって言われたときに、そうなんだぁって思ったんだけど。それなら好きなことしてたーいって思ってね、分かってから毎日、街の探検してたの。そしたらこんなとこに、こんな場所見つけて。秘密基地だぁーって、楽しくて!」  真剣な面持ちで頷いてくれる信。反対に、笑顔で明るく話をする私。会ったばかりの私の話を、こんなに真面目に聞いてくれることが、少しだけ嬉しい。それから毎日、ここに来てるんだよ。そう付け加えて、話を止めた。 「そっか、余命……あと半年、なんだ。手術じゃ、治らないの?」 「手術で治る可能性もあるんだけど、私の家、貧乏でさっ。お医者さんに診断してもらうことがギリギリなの。手術なんてとんでもないっ!」 「そうなんだ……。生きたいって、思わないの……?」 「んー、無理に生きようとは思わないよ。これが私の運命なんだなーって思うし、だったら今できることなんでもやっちゃおーって思うしっ!」  こんなに明るく振舞っているのに、信の表情も声色も暗い。信が私の立場だったら、生きたいんだろうかって考えて不思議な気持ちになる。それが普通なのかな、とも思う。  いつでも楽しそうだね。そうやって過去に言われたことがあったけど、今も楽しいのはおかしいことなのだろうか。自分が死ぬことを分かっている人は、生きたいと足掻くものなのだろうか……。 「また来てもいいかな」  自分の抱いた疑問を隠し、話題を変えて話し込んだ。すっかり夕暮れになり、帰ろうかと先を行く信が、振り向いてそう言った。  当然、断る理由なんてない。ひとりぼっちだった秘密基地で、同じ秘密を共有する友達ができた。それだけで楽しいのに、また来てくれるならもっと楽しい。 「もちろんだよ! 私、朝6時くらいにはいるから、好きなときに来てねっ」  頷いたのを確認して、手を大袈裟にぶんぶんと振る。信は対照的に、控えめに振り返してくれた。秘密基地を出たら、すぐに帰り道は反対方向になる。  初め、声を掛けられたときは心底驚いた。けれど、たくさん話せて良かった。  いつもとは違う――いつもの何十倍も、何百倍もの充実感を全身に感じながら、私は太陽に向かって歩を進めた。
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