とべない白鳥

1/2
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ

とべない白鳥

 ――わたしは、飛べない白鳥だ。 「はい。いち、に、いち、に」  バレエ教室にはいろいろな子が通っている。  低学年の子から、高校生のお姉さんまで。わたしと同じ小学校五年生の子は、五人。男の子が一人いるけれど、まあ、これは例外に数えて良いんじゃないかと思う。  秋津(あきつ)は、先生の息子だ。  バレエをする男の子は少ない。でも、練習にも発表会にも男の子がいたほうが便利だから、秋津は仕方なくやっている。そんなことを、前に本人から聞いた。 「アンサンブレからルルベ」  わたしは違う。  ほかの皆と一緒にジャンプする。高さも、足の開きもわたしが一番だ。同学年どころか、中学生を見回してもこんなにきれいなジャンプをできる生徒はいない。  バレエはお金持ちの習い事だ、という。  姿勢が良くなる、身体が柔らかくなる、痩せてきれいな体になる、子供に習わせるにはちょうどよく、そして、「バレエをやってたの」と言えばちょっとした自慢になる。  わたしは違う。 「深雪(みゆき)ちゃん、こっちに」  バレエを始めたのは、見てしまったからだ。  秋津とは幼稚園のころからの友達で、日本に有名なダンサーが来るとかで公演を見に誘われたことがある。別に行きたいとは思わなかったけれど、折角誘ってくれたのに断るのも悪いとお母さんが言ったから、しぶしぶついていったのだ。  春の祭典、という演目だった。  一瞬で心を奪われた。クラシックを、よくわからない眠たくなる音楽と思っていたのに、不協和音が響き鼓動のような音が聞こえ、その中でダンサーが人とは思えない跳躍を見せた。映画とは違う。目の前で人が人でなくなり、一個の物語が踊りで描かれる。  なにか、すごく美しいものを見た気がした。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!