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その後も考えたが堂々巡り。だっておれは変なものとやらを拾っていない。記憶がないというのが正しいのかもしれないけれど。
あの会話ごと忘れればいいことだが、それでも面倒だと称したのは、けれど無自覚であるのが嫌だから。無意識にやらかしていたら手に負えない。
そのまま流せるかと思ったが、ふとした時に考えてしまうのはやめたいので用事ついでに和泉へ愚痴りにきた。はずなんだが、扉を開けた瞬間からかわいらしく表せばやさぐれている。
「和泉?」
何も返ってこない。じりじりとした空気に、おれが袖をひくとかぶりを振る。
「──帰ってもいいよ」
だったら早く扉を閉めなよ。棒立ちを貫いていると嘆息した和泉に招き入れられ、バルコニーまで通り抜ける。シンプルなデザインの折り畳み式チェアーに目を向けた途端、
「……ちとせ」
声は小さいが、かろうじて音を拾った。それっきりまた黙りこんだ和泉に、独り言だったらしいと判断する。これはなかなか長丁場になりそうな予感。
「なあに、和泉」
大抵の物事は自分で片付けるし、そもそも困難だと見なすことのほうが少ない。人が首を傾げることに疑問を持つような、そんな彼がここまで感情を晒している様子の第一印象は珍しいに尽きる。
己で処理できなくてあまっているものなら、おれは役に立たないだろう。でもきっと、しばらくすれば勝手に脳内で完結する。
区切りがつくまでは精々付き合うけど。おれもその間、なんで和泉が面倒なことになっているのか推測しておくし。
「──………………」
夜も蒸す六月の夜。雨の降る水無月。いまだ梅雨入りはしていないけれど、紫陽花はつぼみが綻び、木々は青を増していく。
雲居の空の間を通り抜ける生暖かい風に促され、なにとはなしに和泉へ目を向けた。
いつもの表情をぶん投げて、どこかつまらなそうに頬杖をついている。
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