ep.1

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 人数分の飲み物を伊織ちゃんと分担して執務室に戻った。応接用でもあるが、専ら休憩時に使われているローテーブルに持ってきたものを配置する。   すると手元に目線を感じた。振り向くと肩の後ろにキラキラ輝く鳶色の瞳が覗く。 「すず屋の水羊羹……!」  いつの間にか伊織ちゃんの横にいる、瞬歩の使い手であり大型け……書記の朝比奈 弓弦(あさひな ゆづる)は甘い物に目がない。常時展開している癒しオーラに花が咲く。これでおれの頭ひとつ分程、身長差があるのは非常に謎。生徒会で1番背が高い。 「差し入れで頂きました。期間限定の味だそうですよ」 「多分、桜餡のやつ。美味しい、よ」  おれもひとつ受け取ると2人掛けのソファーに座った。上品な甘さの小豆と少し塩気のある桜色の層を掬っては口に運ぶ。半分近く食べて、白い陶器のカップを手に取った。濃い水色のストレートが口の中の砂糖を溶かしてくれる。   「……ん、俺のはどれだ」 「……ッ」  突然耳に吹き込まれた美声に奇声をあげそうになった。 「耳元で喋んないでよねぇ」  声の持ち主を見上げれば悪い悪いなんて謝りながらも喉の奥でクツクツ笑っている。 額に落ちた髪を掻きあげる様子からは微塵も反省の色が窺えない。 「はは、悪かったって。 それよりも千歳。お前……耳が弱いのか?」 「わざとトーン落とした癖して……」  性懲りもなく揶揄ってくる馬鹿の鳩尾に拳を振り上げたがあっさり躱された。 「何でコレが会長なんだ。きっと真の上司がいるはずなのに。後輩に優しいタイプの」  思わずそう呟くと反応した伊織ちゃんには諦念しか浮かんでいなかった。弓弦くんはのんびり羊羹食べてる、強い。 「諦めなさい。その想像は私も毎日していますが、当年は久遠 志貴が生徒会長ですよ」  バ会長でも、と付け加えられ、容赦ないなと笑うのは久遠 志貴(くおん しき)──この学園で絶大な支持を誇る生徒会長様だ。  
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