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番外編!
「全部お前やん!!なぁ!!」
僕は自分でもビックリするくらい大きな声を出した。
周りの視線を感じながらも僕は構わず地面を蹴った。
「一回落ち着けって」
下村は冷静な声で僕を諭す。
誰のせいでこんな怒鳴り声だしてると思ってるんだ。こんな夜遅くの駅のホームで。
「絶対おかしいやん!なんでそんなんやねん!」
もう冷静さの欠片も無い僕は下村を睨みながら声を上げる。
「寝坊は悪かった。でも俺は今日、全力で歌った」
下村は僕と対照的に落ち着いた表情と声で話している。それが余計に腹立たしい。
「今日ちゃんとやれてたらもっと上行けてたかもしれへんのに!」
そう。今日ちゃんとやれてたらーー
僕らのようなまだ地方で活動しているバンドにとって、今日はとても重要なライブだった。
大抵の若手バンドは、色んなバンドが集まるブッキングライブに出演し、そこで徐々にファンを増やしていく。なので、「対バン」と呼ばれる、自分以外のバンドが有名であればお客さんも多いため、ファンを増やす絶好のチャンスなのだ。
そして僕らは今日、その絶好のチャンスだったのだ。関西圏ではライブハウス好きなら誰でも知っているバンドが3組ほど集まったイベントに僕らも出演することになっていた。
出演が決定してから一ヶ月間、僕らは今日のために練習を重ねてきた。
そして今日、準備万全でドラムの僕と、ベースの奥村はリハーサルの45分前にしっかりライブハウスに到着。セット図などを記入し、機材の準備を始める。
「全然下村さんこーへんな」
奥村が少しイライラした様子で呟く。
ボーカルの下村は、僕らの1個上の年齢なので奥村はさん付けで呼んでいる。僕は下村とは小学校からの知り合いなので呼び捨てである。
「ほんまに、また遅刻とかありえへんよな」
僕もそわそわしながら持ち込み機材を書き込む。実は下村は、前のライブでも寝坊してリハーサルを遅刻している。
「俺1回電話してみるわ」
さすがに我慢の限界になったのか奥村が外へ出ていった。
5分後、奥村が乱暴にドアを開け、帰ってきた。
「であらへんわ」
時計を見るとリハーサル10分前、もう準備を済ませていないといけない時間である。
「時間ずらしてもらえへんか聞いてくる」
僕もイライラしながらも、とりあえずPA卓へ向かい、リハーサルの順番を変えてもらえないか交渉をする。
「普通はありえへんからな」
ライブハウスのオーナー兼PAさんに睨まれながらも何とか交渉は成功。他のバンドさんに謝り、僕と奥村はライブハウスの前で待機する。
「今起きた」
下村からLINEがきたのはリハーサル予定時刻の1時間をすぎた頃だった。既に全バンドのリハーサルは終わっていて、後は僕らだけである。
「すいません、今起きたみたいで……」
「もうリハ無しでやってもらわなあかんけど」
オーナーももう呆れ返っている。
僕らは謝り、また楽屋に戻るのも肩身が狭いので、ライブハウスの正面に座った。
「おまたせー。ちょ、そんな怒らんといてや」
下村が脳天気な声でライブハウスに到着。
第一声が怒らんといてやなんて有り得ない。
「俺らリハなしやって」
奥村が淡々と下村に伝える。彼は感情を出すのが苦手な奴なのでこんな感じだが内心はきっと僕よりイライラしている。
「そっか。まあ、なんとかなるって」
謝罪の一言もない事に僕の苛立ちは増すばかり。僕は下村の顔を一切見なかった。
そして本番前、いつもなら円陣を組んでから、ステージに上がる。
「お前ら円陣は」
下村がまだ呑気な事を言っている。どれだけの事をしてくれたのか分かっていないみたいだ。
僕と奥村はそれを無視してステージに上がる。基本僕らのバンドはSE(登場曲)を使わないのでそのまま幕が上がってスタートだ。
苛立ちが消えないまま演奏が始まる。いつもよりもノリが合わない気がする。今日は大事なライブだってんのに。何でも、ギターボーカルの下村がやたらと走る。遅刻した上に演奏も潰す気か。
「下村!はしるなて!」
僕は大声を出すも、楽器の音にかき消され、下村に声が届くことは無い。ますます苛立ちは増し、僕は複雑なドラムのパートをシンプルな手数に変えて演奏するなど、やる気が減っていくのを感じた。
それに比例するようにお客さんの拳もいつしか上がらなくなっていた。
「ありがとうございました!」
5曲の演奏を終えたころ、下村の手にはギターは無く、両手を広げていた。これは彼の癖で、感情が高まるとギターを一切弾かなくなる。そうすると残りの楽器はベースとドラムのみ。もちろん音圧や迫力も落ちてしまう。
勝手な下村の行動にもう耐えられなくなり、僕はお辞儀をするなり、すぐにステージをに逃げるように去った。
「まじでなんやねん!」
僕はステージ裏のドアをあけると同時にスティックで自分の太ももを叩く。こんなにイライラしたのはいつぶりだろうか。普段は大人しい人間が故に、こんなに荒れた声を出すことは無かった。
準備している最中にそんな人間が入って来たものだろう。次のバンドのメンバー全員が肩をビクッと上げ僕の方を一斉に見た。
「お疲れ様っす。なんか途中から災難でしたね」
次のバンドのドラマーにそう言われ、僕は何だか泣きそうになった。
「まじでないでしょ、あんなん。リハ遅刻してきてあれですよ」
僕も愚痴るように彼に怒りをぶつける。もう終わったライブなのでどれだけ文句を言ったってどうしようもないのはわかっている。
「そうっすよね。あ、すんません俺ら時間なんで行ってきますわ」
彼がそう言ってステージで準備を始める。
僕は誰にも会いたくなかったので、ステージ裏を出て、バーカウンターの横に座った。
次のバンドはまさに圧巻だった。
さすが関西の売れっ子バンドだ。何もかもが違う。技術も音圧もパフォーマンスも。
そして何よりお客さんのノリが違った。みんなステージに駆け寄り、一斉に拳を上げる。
まさに僕が目指しているライブそのものであった。
僕らのめちゃくちゃのライブの後にそんなものを見せつけられて普通でいられるほど僕は強くはない。僕はそっとライブハウスのドアを開け、外へ出る。そして、近くにあった公園のブランコに腰をかけると同時に、涙が頬を伝った。
「あ、さっきのバンドのドラマーさんや」
「ほんまや、せっかく途中までめっちゃええノリやったのになぁ」
僕らのライブを見てくれていた人達だろう。やっぱり途中までは悪くはなかったんだ。それを壊してしまったのは自分だ。
「あのー」
声をかけられ僕は戸惑いながらも振り向く。
「はい」
振り向くと僕と同い年くらいの男女。彼らは最前線で最後まで拳を上げてくれていた人達だ。僕が泣いているのに気がついたのか、2人は顔を見合わせる。
「さっきのライブすいませんでした。せっかくずっと前いてくれてたのに。めちゃくちゃにしてもうて」
僕は彼らに頭を下げる。今できるのはこれくらいしかない。
「いや、ぜんぜんすよ。かっこよかったっす。なんか、感情丸出しで、あぁホンマにバンド好きやねんなって思いました」
まさか褒められるとは思っていなかったので僕は困惑しながらも「ありがとうございます」とだけ伝えた。
「またライブ見に行くんで、今度は期待来てます!泣かないでくださいよ!」
今度は女の子から肩を叩かれながらそう言われ、また僕は頭を下げた。少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
それから2時間程、奥村と2人でライブを見て、精算が始まる。ノルマ不足分は1万円。
「1人3000円な。俺4000円出すし」
下村が何故か上から物を言う。それくらい当たり前や、と心の中で思いながら3000円を取り出した。
「今日お前ら調子悪かったな。前はもっと良かったのに」
オーナーからそう言われ、僕はしゅんとなる。
「俺はやりきりました」
下村がなんの躊躇いもなく、そう言った。
そりゃやりきっただろう。
僕らの演奏を無視してギターを投げ、最後にはロックスターのように両手を広げやりたい放題してくれたのだから。
「お前ら2人は?」
「僕は全然でした。悔しいです」
僕は正直に言った。
「俺もそんな感じですね」
奥村も僕に同調する。彼らしい答えだ。
「せやろな。今度は期待してるし。頑張れよ」
とくにアドバイスも無く精算は終了。
頑張れよ、がすごく突き放されたような感じがしてまた悔しさと苛立ちが戻ってきた。
機材を楽屋から運び、僕らは駅に向かった。その間、誰も一言も発することなく、ただただ足音が闇に響くだけだった。
「今日のライブお前らもっとやれたやろ」
下村が駅のホームに着くなり口を開いた。
その瞬間、僕は大きく息を吸い、拳を握りしめ、下村を睨みつけた。
「全部おまえやん!!!なぁ!!!」
僕の怒鳴り声が駅のホームに響き渡る。
こんなに怒るの小学生以来かもしれない。
そう思いながら僕は下村に怒鳴り続けた。
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