8人が本棚に入れています
本棚に追加
6.8
「ほんでさぁ息子が……」
「まじすか!?」
仕事中、ひなたの耳にそんな会話が聞こえた。声の主は工房長と工房長のお気に入りの先輩社員だ。
ひなたは少しイライラしながらも、平静を装い、仕事を続ける。
今日の仕事はお菓子の包装だ。手作業のため、どうしても退屈になってしまうので喋ってしまうのは仕方がない。
ひなたも一昨日までは喋っていた人だったのだ。なのにイライラしているのには訳があった。
それは!一昨日のことである。ひなたは今日と同じ、包装の仕事をしていた。手先が不器用なひなたは、どうしても周りの人よりもペースが遅くなってしまう。
「ひなたさぁ、最近肌綺麗なったなあ」
正面で同じ仕事をしていた美紀さんが、話しかけてきた。
「あ、ほんますか。最近洗顔料かえたんすよ」
無視する訳にはいかないので、ひなたは雑談を始めた。少しずつ飽きてきたところなので、話が出来るのはありがたかった。
「アレ結構オススメですよ。美紀さんも彼氏さんにオススメしてあげてくださいよ」
洗顔料の話で盛り上がっていたところだった。
「ひなた、お前うるさい。」
後ろから工房長が、ひなたに注意をした。
実際うるさかったのは事実なので、ひなたは「すいません」と一言謝り、雑談をやめて仕事に集中する事にした。
しかし、今日は工房長が、自ら雑談を始めているではないか。それに手は、完全に止まってしまっている。
「お前みたいな聞き上手な部下がいて俺は嬉しいわ」
何を言っているのか。一昨日、人に注意しておきながら。
ひなたは小さくため息をつく。これはひなたがイライラした時の癖である。
こんな些細なことにイライラするなんて。
ひなたはそんな事を考える。まだ工房長達の喋り声は聞こえる。
確かに、これが社会の常であり、人によって態度が変わるのも仕方の無いといえばそうだ。
しかし、ひなたはこれにイライラ出来る人間でありたいとも思った。
そんな理不尽なことに慣れず、流されず、しっかり腹をたてられる人間でありたいと思ったからだ。
きっとこれに流されてしまったら自分もいつか同じ事をしてしまうだろう。そんな大人にはなりたくない。
もし、先輩社員のような人が「上手く生きられる人」なのであるならば、ひなたは下手くそでいい。出世なんて出来なくていい。下手くそでも正直に、流されず、正しい正義感をもてる大人になりたいとひなたは強く思った。
最初のコメントを投稿しよう!