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5月3日
3日ぶりに自分の部屋で目を覚ました。
テントの方が目覚めが良かった気がする。
ひなたはベッドから身体を起こし、リビングへ行くと父がテレビを見ていた。
今日も仕事は休みなので、昨日録画した映画のアニメを見る予定だった。しかし父も仕事が休みの日は1日テレビをみている。
映画は明日にしよ。
朝から少しブルーな気持ちになりながらパンにかじりついた。
今日は灰色の空に風がいつもより強く、カエルの合唱が聴こえてきた。
雨が降る気配がしたので庭に立てたテントを片付けないといけない。
名残惜しい気持ちになりながら、テントのポールを引き抜いていく。
「なんや、一言くらい言ったら手伝うのに」
父も庭に出て、手伝いに来てくれた。ひなたは父が少し苦手である。昔から厳しくて、短気であるからだ。
マイペースなひなたは、短気な父に来られるよりは一人でのんびりと片付けたかった。
「ごめんごめん」
できるだけ明るい声で謝り、テントのシートを畳む。
「こっちもって、こっち」
父が少しいらついた声で言ってきた。これだから呼びたくなかったのだ。
ひなたは心の中でため息をつき、大人しく父の言うことを聞く。
「お兄ちゃんはもっと自分でできよるぞ」
また父が余計な一言。ひなたには、四つ年上の兄がいる。今は東京で一人暮らしをしながら働いている。
ひなたは兄も嫌いである。単に優秀だからという単なる僻みだ。
在学期間は被らないが、高校まで学校も部活も同じだったひなたと兄は何かある度に比べられてきた。
「お前の兄貴はもっと声出しとった!」
「お前の兄貴はもっと勉強できたぞ!」
お前の兄貴、お前の兄貴、ひなたを一人の人間として見てくれる人は少なかった。
兄は成績も優秀だったため、なかなか評判のいい大学へ進学した。サッカー部でも、応援団長を務めるなど、学校に貢献してきた。
対してひなたは、成績は上の下。大学に行けない事もなかった。しかし、兄より上のランクの大学には行けない事は分かっていたので就職を決意。サッカー部も、三年間続けたが、納得のいく結果を出すことはできなかった。
「お前の兄貴はあんなええ所行きおったのに」
就職をする事を顧問に報告すると、顧問は不満そうにそう言った。ひなたを「優秀な学生の弟」としか見ていないのだ。
適当に「そうですか」と流してそのまま卒業。兄には出来ないことをしてやろう。そんな決意をもちながら。
それから三年。父は未だに兄と比べているようだ。もう呆れて言葉も出てこない。
あっそ。と冷たく言い放ち、テントを素早く片付けて散歩へ出かける。早く父から離れたかった。
家を出て、車の通れない細い道を歩く。八つ当たりに石ころを蹴飛ばす。
いつか勝ってやる。
頭の中でそう繰り返しながら歩く。
いつか、ちゃんと認めてもらいたい。優秀な兄の弟としてじゃなく、一人の人間として見てもらいたい。
そんな思いからバンドも始め、小説も始めてみた。まだどちらもいい結果は少ししか残せていないが、きっといつか。
そう思って散歩を切り上げ、ドラムの練習パッドを組み立て、基礎練習を始めた。
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