花言葉。

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君は今、何をしているんだろう。 君へ連絡してから数十分が経っただろうか。僕にとっては数時間に相当する。 やけにきれいな空を見上げて、きれいだなと思う。 そんなに卑屈になれないという事は、そんなに悩んでいない恋なのかな。 自分と物語の中の主人公の感受性の差を恨んだ。 僕はドラマチックな恋なんていらない。今欲しいのは、君からの返信だ。 柔らかい風が吹き、過ごしやすい季節になってきた。そんなこともしっかり感じてしまう僕だった。 君と付き合って、もうすぐ2年。 季節は7つ過ぎ去ったことになる。そのうちの後半5つの季節は遠く離れて過ごしてきた。いわゆる遠距離恋愛というやつで、休みの日に君に会えなくなったのも今となっては日常で、君が今、何をしているのか考えることは当然、必然なことだった。それくらい思いがあるんだねと言われたら、分からない。思いの強さを口に出すのは恥ずかしい。2年という月日がそうさせているのかもしれない。そういうキザな言葉は、花に任せて渡せばいい。花言葉の一つも知らないけど。そうやって伝えるんでしょ、大人の恋って。 とにかく現状は今の君が何をしているのか、とりあえず知りたい。そしてあわよくば僕のことを少しでも考えていて欲しい。なんだか僕が片思いしているみたいだ。 ブブッ。 どうやら念願の便りが届いた。しかしすぐは読まない。待ってたんだこいつと思われるのは恥ずかしい。というか、しゃくだ。こいつ、私のことすごい好きじゃんって思われそうで。…いや、それはいいことなんだろうけど、僕の性格上、相手の温度に合わせてしまうきらいがある。僕も自分の時間を満喫していて、ふとスマホを見たら君から連絡が来てたから、返そうかなというくらいの平熱に。今の僕は、君の温度なんて分かるはずもないのに。 そろそろ良いかなと画面を見てみたら、10分も経ってなくて、いよいよ自分の体内時計を疑った。目が乾くほど読みたかった自分を抑え込み、即座に読む理由を探した。別におかしいことではない。連絡が来たらすぐ対応する、社会人の常識だ。そうだそうだ。今日も都合のいい時だけ社会を盾にして、自分を正当化する。こんなしょうもない矜持を育てるためにこの社会にいるのか。いや、育てたのなら、抑えることも出来るだろうと思ったが、親がわが子を抑えきれないのと同じで、たまに自分でも驚くほどの動きをする。育てるっていう漢字は、パッと見、バネみたいに見えるし。上から抑えると、その反動で驚くほど飛び上がるように見える。話が逸れた。自分を抑えきれない。 スマホを見ると画像が送られてきていた。花を買ったよというメッセージと共に紫色の小さい花が写っていた。花に詳しくない僕はきょとんとした。まず会話になっていない。そして急すぎる話題に戸惑った。こんなに待ち望んでいた返事がこれか。確かに僕の送った文章も返信しづらかったのかもしれない。 「今度いつ会えるかなぁ。」 でも考え方によっては、君の予定をさりげなく聞いてるし、会いたいよっていう意味も含めている。どんな返信だったら良かったのかという想像は確かにしていないが、急に花の写真を送って欲しかったわけではないというのは分かった。少しがっかりもした。そんなに自分の時間の充実ぶりをアピールしたいのか。街を歩いてたら、花屋に通りかかった。そしたら可愛い花を見つけたから、買ってみた。綺麗でしょ?そんな私、素敵でしょ?そんなところだろう。何もない日に花を買うことがより日々を豊かにするみたいなSNSの投稿でもするのかな。ハッシュタグ付けてアップするのかな。僕に送るより先にSNSに投稿しているのかな。いいねがいっぱい付いているのかな。僕はいいねなんかしない。今、街に来てるよって返信くらいしてくれたら、いいね、なのに。そもそも何の花だろう。 「へー、きれいだね。何っていう花?」 これを裏表が激しいっていうのかな。裏ではぶつくさ言いながら、表では嫌味も含ませず、争いを避けるように当たり障りなく振舞う。これも社会で身に付けた技だ。そしてそれが遠距離恋愛を長続きさせるコツなのかもしれない。無駄な争いをしない。余計なことは言わない。相手が不愉快にさせるくらいなら、自分の不愉快は抑え込む。失うのが怖いから。 ブブッ。 君からの返信だ。 「アネモネっていう花だよ。」 聞いたことがある。君が好きなバンドがそんなタイトルの曲を歌っていた気がする。だから花の名前という事は知っている。でも写真と名前は結び付かなかった。その程度の知識だ。少し鼻につくくらいだ。曲というものは、桜くらい全国民が共通して思い浮かぶ花にした方が、共感を得るという面ではいいのではないだろうか。ダメだ、全然知らないバンドにすら嫉妬している。そんなことより、なんて返事したらいいんだ。 「そっか。」 ダメだダメだ。これだけの返信なんて出来ない。遠距離恋愛において、相手に興味が薄れてしまったと思われるのは一番避けなければならない。そっかの一言なんて、興味ないことありありじゃないか。ないのにあるってどういうことだろうか。そんなことはどうでもいい。興味ないことでも話を広げなければ。これも社会人には必要なスキルだ。そうだよ、君の好きなバンドの話をすればいいんだ。いつの間にか彼女が取引先みたいになっている。取引先の好きなものを知っておくのはとても大切なことだ。スマホを叩く。いつからだろうか、君と取引をしだしたのは。 えーっと…確かこのバンドのアネモネという曲は…そうそう、こんな曲だった。 教えてくれた「恋の苦しみ」 どうせ枯れる花は何を待つ? 新しい花を咲かせよう 小さくても綺麗なアネモネのように 他に好きな人が出来たから、古い恋は捨てて、新しい恋をしようって歌だった。そうだ、アネモネの花言葉である「恋の苦しみ」をうまく入れ込んで、でも前向きになれる曲で、やけに明るいキャッチーなメロディだった。よく君に聞かされていたなぁ。懐かしい。…え。ちょっと待って。 一瞬、体が止まった。もう日は暮れ始めている。寒い。窓を閉めよう。 えっと、なんだっけ。寒い。怖い、なに、この感情。 話を整理しよう。遠距離恋愛をしている君から、急にアネモネの写真を送られてきた。アネモネの花言葉は「恋の苦しみ」で、君の好きなバンドは次の恋をしようと歌っている。 そっか。 しんどい思いをさせてたんだなぁ。 今頃気付くなんて。 遅いなぁ。 僕はいつも遅い。 僕が、君は今、何をしているんだろうと軽薄に考えている間、君は一人で悩んで、悩んで、苦しんで、苦しんでいた。そして好きなバンドの「アネモネ」を聞いて、辿り着いた。この恋は苦しいだけで、その先、どうしたらいいのかという答えに。それはこんな劣等生の僕でも分かる答え。何の計算もできない僕は、ほんとバカだなぁ。悔しいなぁ。そして君はこんな時でも優しく伝えてくれるんだね。ものすごく考えただろうに。 僕は気持ちを落ち着かせ、花言葉の一覧を検索し始めた。せめて君が伝えてくれたように、僕も花に思いを乗せて伝えよう。今、一番伝えたいことを花の写真で。ごめんねとか、やりなおしたいとか、まだ俺は君のことが好きだよとか、色々伝えたいことはあったけど、今一番伝えたい言葉を花に乗せる。こんなことを考えれる余裕があるのは遠距離恋愛だからなのか、僕の性格なのか。そこは分からない。 花言葉 感謝で検索をしてみた。何種類か出てきた中で、バラを見つけた。どうやらピンク色のバラは感謝という花言葉があるらしい。 バラか、懐かしい。いつか君と見ていた映画で、主人公が真っ赤なバラの花束をもって告白し振られるというシーンがあった。僕はバラの花束が敗因だと思ったけど、君はそうではなく、そこはむしろ嬉しいと言っていた。だから僕はいつか君にバラの花束を渡したいと思っていた。大事な日、例えばプロポーズの日とか。やめよう。虚しくなる。まさかこんな形で君にバラを贈ることになるとは。花言葉もその花の色によって違うらしい。赤いバラだと「愛」を表現してしまうので、間違えないようにしなければ。赤ではなく、ピンク。赤の想いを白で薄めて、ピンク。伝わるといいな。 ピンクのバラの花束の画像を送った後、花言葉の種類の多さに驚き、今じゃ苦しい思い出の花となったアネモネを検索してみた。花言葉は「恋の苦しみ」「はかない恋」。うん、まさに今の僕だ。そして…へー、アネモネも色によって、花言葉、違うんだ。赤は「君を愛す」。バラと同じだ。各花の赤色にはそういう意味があるのかもしれない。アネモネの赤の場合は、愛しているけど苦しいみたいな恋か。今の僕は赤のアネモネだな。もはやアカモネ。何を言ってんだ。ピンクは「待望」。確かに待つだけの恋は苦しい。分かるよ。白は「真実」。真実を知ることで苦しい恋もあるね、確かに。相手の真実を知ることが苦しい。実は恋人がいたりとかかな。でもその逆もあって、真実を知ってより好きになる場合もある気がする。難しいな、花言葉って。んで、あ、紫のアネモネもある。君から送られてきた色。紫のアネモネは…「あなたを信じて待つ」か。…え。 会話になっていた。 僕:今度いつ会えるかなぁ。 君:あなたを信じて待ってるわ。 嘘だろ。君は僕を信じていてくれたの? なのに僕は。 ブブッ。 君からの返信が来た。 「こちらこそいつもありがとう。」 また会話になっていた。 僕:今度いつ会えるかなぁ。 君:あなたを信じて待ってるわ。 僕:ありがとう。 君:こちらこそ、ありがとう。 君から送られてきた花言葉を誤解して受け取ったメッセージに対する返事を君も誤解して受け取ってくれた。いや、別に君は誤解などしていないのだろう。良かった。なんだかあたたかいものが寄せては返す波のように僕の心を流れ、今は満たされている。 よし、今度、赤いバラの花束を持って、真っ赤な顔して、君の元へ行こう。 花に頼らず、ちゃんと僕の口から伝えよう。口に出すのも恥ずかしい、赤色の僕言葉を。
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