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しかし志史は、女性の返答も聞かず、花束を地面へ置いた。気味が悪くて、もうとても手に持っている気分ではない。
「ごめんなさい。処分をお願いします」
志史は深々と頭を下げて、きびすを返す。
女性が何か言い掛けてきたが、無視して駅に向かってダッシュした。
その日は、友人に事情を話して彼女の家に泊めて貰った。
家に戻って、またバラの花束に迎えられたらと思うと、少し怖かったのだ。
バラの花は綺麗なのに、今後バラ恐怖症になりそうだと思ったら、送り主が憎たらしくなってくる。一体誰だろう。
しかし、いつまでも友人宅に泊まるわけにもいかない、ということもあり、翌日は一応帰宅することにした。その時、友人は一緒に志史のアパートへ来てくれた。
案の定、志史の自宅の玄関前には、花束が置かれていた。
それも二束。色は赤と、黒だった。
***
「へぇ……なるほど。それでウチに」
「はい。石倉先輩が……石倉彩音さんがバイトしてるお店の店長さんが、異様に花に詳しいって聞いてたので」
志史は、恐縮するように首を縮めて、目の前の青年を見た。
相手は、あらかじめ『男性』だと言われなければそうと分からないほど中性的で、それでいて一言に纏めれば、まさに『超絶美形』だった。
卵形の輪郭に、白磁の肌、切れ上がった目元に通った鼻筋が絶妙な配置に収まっている。漆黒の髪は、志史から見て右側で纏められ胸元に流れていた。
青年と志史の間にあるテーブルには、つい今朝方志史の家の玄関に置かれていた花束が二つ、鎮座している。
「花が置いてあっただけならこちらを訪ねることは正直思い付かなかったですけど、毎日本数が増えてったので、何か特別な意味でもあるのかと思って……」
「そういうことですか。まあ、ウチで花に詳しいのは俺だけじゃなくなってますけど」
黒崎六華と名乗った青年――女性名のようだが本当に本名だ、と妙に力説された――は、微苦笑を浮かべながら、その二束のバラを眺めていた。
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