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バラの花束でさえ、六華の美貌の前では霞んでしまいそうだ。
「あの……どういう意味ですか?」
「最近入ったバイトの方がそうなの」
従業員であり、志史と同じ大学の卒業生である石倉彩音が、志史のオーダーした飲み物を手に話に加わる。六華は、バラの花束を空いた席へ避けた。
「川村さーん。ちょっと手ぇ止めて、こっち来てくれません?」
彩音は喫茶店の奥に向かって呼ぶと、自分も空いたテーブルから椅子だけを引っ張り寄せ、そこに座った。
「おかげで花の知識だけが能だったのに、最近店長の出番はないのよ」
彩音は最早見慣れているのか、六華の美貌に臆する様子もなく、チラリと彼に視線を投げる。
「おやおや、心外ですね。一応古書店のほうは仕事してるつもりなのに」
この店――『喫茶・黒崎古書花店』は、その名の通り、喫茶店と古書店、花屋を一緒くたにした店らしい。今彩音と六華、志史がテーブルを囲んでいるエリアは喫茶店だ。
「何言ってんですか。閑古鳥が鳴いてんのをいいことに読書に専念してたかと思ったらフラーッとどっか行って、閉店ギリギリに戻ってくるじゃないですか」
「本の仕入れに行ってると言ってくださいよ。それで? 今日になってこの二束のバラがまた玄関に置いてあった、と」
「そうなんです……赤だけならまだしも、黒なんてホント気味悪くって……」
志史は俯いて言った。
その時、彩音に呼ばれたと思しき男性が、もう一人その場に加わった。
彼が恐らく川村氏だろう。丸顔にそばかすが特徴的な、黒縁メガネを掛けた大人しげな男性だ。
「これ、今ざっくり数えてみたら、赤い花束が二十一本、黒いほうが二十四本あるんですよ」
「はあ……」
「ところで、バラの花言葉ってご存じですか?」
不意に掛けられた問いに、志史と彩音は同時に瞠目した。二人は、互いの目を見交わして、六華に視線を戻す。
「……えっと……愛してる、とか?」
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