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「……はあ」
とは言え、今まで花言葉には特に関心も持たずに過ごしていたので、空で一度しか言われていないものなど、志史はとうに忘却の彼方だ。
「本数は、数えていただければ分かりますが、百八本あります」
「それが?」
「結婚してください」
「えぇ?」
志史の眉間のしわは深くなる一方だ。何が起きているのか、まったく分からない。
「……やれやれ。ストーカーはまさかあなたでしたか」
すると、前方から声が掛かる。
川村が弾かれたように振り向いた。志史も同様に顔を上げ、声のほうへ視線を向ける。
文庫本を手に、六華が無造作なようでいて無駄のない動きでこちらへ歩み寄った。
「えっ、ストーカーって……じゃあ、今までの花束も全部……!?」
「ストーカーだなんて……」
縋るように志史に向き直った川村に、志史は座った椅子の上で、気持ち後退った。
「通勤電車で目が合った時から好きでした。あなただってそうでしょう? 八本目までは僕が贈ったバラだって、喜んで受け取ってくれてたじゃないですか。どうして今になって拒絶するんです?」
「だ、だって……本数によって花言葉が違うとか、昨日知ったばかりだし」
すると、川村が宥めるように微笑した。
「花言葉なんて世界の常識です。そんな言い逃れ、もう通用しませんよ」
そんなものは、彼一人の常識だ。そう言いたいが、開いた口が塞がらない。
結果的に無言で目を白黒させる内に、川村は花束を抱えてひざまづいた。
「僕と、結婚してくれますね」
柔らかいが、どこか有無を言わさない口調だった。それが、殊更恐怖を助長する。差し出された花束を受け取ることなど、とてもできない。
その時だった。
「えーっと済みません。事件です。はい、ただいま当店の花を窃盗していた犯人を現行犯で捕まえたところで。至急引き取りに来ていただけますか? はい、宜しくお願いします」
携帯端末を耳に当てた六華は、簡潔にそれだけ言って、通話を終えた。
「え、あの……黒崎、さん?」
「やー、実はちょうど柊さんが花を贈られるようになった頃から、ウチの店の花が消えてたんですよ。商品と売り上げが合わなくなってて……」
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