お飾り王妃だった私は母国の現状を知り、公爵様と一歩進む

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** 「フライア。ちょっといいか?」 「……なんでしょうか? 改まって」  ある日のこと。その日は私の授業が一日お休みということもあり、私は朝から自室で刺繍をしておりました。実家にいたころはこうやってよく刺繍をしていたものですが、最近ではご無沙汰だったこともあり懐かしさを感じながら針を扱っておりました。そんな時、ふとブラッド様がお部屋に入ってこられて私を呼ばれたのです。  私が驚いていると、ブラッド様はいつもの場所を陣取り、何かの紙の束をテーブルの上に投げられました。これは、読めということでしょうか? そう思いながら、私は針と布を机の上に置きブラッド様のお隣に移動します。そして、その紙の束を手に取りました。パラパラとめくってみますが、どうやら報告書のようなものでした。 「これは?」  私がそうブラッド様に尋ねると、ブラッド様は言いにくそうに「……ヴェッセル王国の資料」とだけおっしゃいました。……どうして、ブラッド様は今更この資料を私の目の前に出されたのでしょうか? そう思いながら私は中身を軽く読み流していきます。すると、そこには驚くべきことばかりが書いてありました。 「……これは、フライアがいなくなった後の末路の話だな。いろいろと、騙されているらしいぞ。ま、当たり前だろうな。脳内お花畑の国王と側妃、さらには自分の私腹を満たすことしか脳がない大臣しかいないんだからな。あ、そういえば側妃は正妻。つまり王妃になったそうだぞ」  ブラッド様は、楽しそうに私の髪を片手で弄りながらそんなことをおっしゃいます。ちょっとだけ、それは止めてほしいですね。そう思いながらも、私はヴェッセル王国の末路だというその資料を読むことに必死でした。書いてあるのは普通の国王ならばまずないであろうこと。近隣の国に騙され、多額の借金を背負ったこと。商人に騙され、偽物を高値で売りつけられたこと。さらに言えば、税が高くなり平民が暴動を起こしそうになっていることです。 「なぁ、フライア。一つだけ返事をくれ。……お前は、ヴェッセルに帰りたいか?」  そして、ふとそんなことを尋ねられます。ヴェッセル王国に私が帰りたいか否か。はっきりと言えばもう帰りたくなんてない。ここでの生活が楽しいから。しかし、平民たちのことを思えば、帰らなくてはと思ってしまう。しかし、シンディ様が正妻になったのならば、私に帰れる場所はない。離縁も成立していますし。さて、どうするべきでしょうか。 「わ、私……」  帰れる場所はない。しかし、見捨てられないと思ってしまう。ルーベンス公爵家での生活は楽しかった。私のことを蔑ろにしないし、罵倒もしてこない人との生活は充実していた。それでも、やっぱり母国は母国なのかもしれない。私はヴェッセル王国で生まれ育った。今でこそフロイデン王国にいるけれど、それでもそう思ってしまうのはなぜなのでしょうか。 「フライア」  優しい声で、私の名前が呼ばれる。顔を少しばかり動かせば、そこには優しげに私を見つめてくださるブラッド様がいらっしゃって。その時、やっぱり今の私にはこの人を頼るしかないんだって気が付いた。ぎゅっと紙の束を抱きしめながら、私はブラッド様に向き合う。きっと、この人だったら何とかしてくれる。そんな意味の分からない確信があった。 「ぶ、ブラッド様。私、帰ろうとは思いません。ですが……どうしても、民たちのことは見捨てられないのです。嘲笑してくださっても構いません。ですので……民たちのことだけでも、どうか助けられませんか?」  我ながらバカみたいなお願いだと思う。でも、私は必死に頭を下げてブラッド様にお願いをする。ブラッド様はフロイデン王国の国王陛下ともよくお会いしている。だから、もしかしたら何とかなるかもしれない。そんな淡い期待か何かが、胸の中にあった。 「……フライアだったら、そういうと思ってた。ま、国王陛下に掛け合ってみるか。あの人のことだし、この現状をチャンスと捉えているだろうな。ただし、ヴェッセルはフロイデンの配下になるだろうけれど」 「それでも構いません。血が流れないのならば、命がむやみに奪われないのならば、それ以上に良いことはありませんから」  私はブラッド様に対して頭を下げたままそう言った。あのイーノク様のことだ。民たちのことを道具としか思っていないだろう。きっと、戦争になったら民たちのことを使い捨てのように扱うだろう。それだけは、嫌だ。いくら魔法の先進国と言っても、優秀な魔法の使い手は限られている。フロイデン王国に攻められたら……すぐに勝敗はついてしまうだろう。
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