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「……陛下。このお方はフロイデン王国の公爵様でございます。そのように、呼んでいいお方ではございません」
私は、ただイーノク様にそういう。すると、イーノク様は私を強くにらみつけられると、露骨に舌打ちをされました。……やはり、イーノク様は私のことがお邪魔なのですよね。わかっていましたが、ここまで露骨な態度ですと、ちょっぴり傷つきますわ。
「……そうか。だが、元はと言えばお前の所為だ」
「……はい?」
このお方……いったい、何をおっしゃっているの? 私はそう思ってイーノク様をただ見つめました。私の、所為? 私が、いったい何をしたというのでしょうか? 心当たりは、一つもない。ブラッド様の前で粗相もしていないはずですし……穏便に事を済ませようとしていて……。
「フライア、お前の所為だ。お前がしっかりとしていれば、俺がこんな奴の前に現れる必要はなかった。……フロイデン王国だと? あんな野蛮な国とする取引はない。……それぐらい、お前ならばわかるだろう」
「……お言葉ですが、フロイデン王国の武力は多大です。戦争になった場合、どれだけの民が犠牲になるか、お分かりですか?」
「どれだけの民が犠牲になろうとも、知らん。……お前が何とかしておけ。わかったな」
「ちょ、陛下!」
私一人に、何とかしろですって? そんなの、無理に決まっています。それに、ブラッド様は陛下を御指名なのです。私じゃ……話にならないと言われています。
「うるさい! お前は黙って仕事だけをしていればいいんだ!」
「っつ!」
そんな私の気持ちを他所に、イーノク様は私のことを力いっぱい突き飛ばす。幸いにも、ソファーの上に倒れこんだこともあり、大事には至らなかったけれど……それでも、痛かった。何がって、心も、身体も。この人は本当に……ご自分と、シンディ様さえよければいいんだ。そう思った瞬間……どうしようもない絶望感が、私の身体を襲った。
「あとは何とかしておけ、フライア」
そうおっしゃって、イーノク様は応接間を立ち去ろうとする。この人には、どれだけのことを言っても無駄だ。そう、感じた。だから、ただ俯いて私は涙をこらえる。民の為に、動くのが王じゃなかったの? お父様は、そうおっしゃっていたのに。そのお父様も、この世にはもういない。……私に、教えを下さる方は、もういない。
「……お前、何なんだ!」
「それはこっちのセリフだねぇ」
そんなことを私が思っていると……不意に、イーノク様の怒ったような声音が、耳に入る。そして、もう片方の声はブラッド様のお声だ。……今のでブラッド様が機嫌を損ねられて、戦争になったらどうしよう。私は、ただ静かにそう思っていた。
「……よし、決めた。もう戦争なんてどうでもいいや。それよりも……」
――この王妃様、フロイデン王国に連れて帰るから。
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