お飾り王妃ですが、隣国の公爵様に連れ出されました

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「……はぁ?」  イーノク様の、怪訝そうな声が私の耳に入った。いいや、イーノク様だけじゃない。私も……心の奥底では、そう思っていた。意味が、分からない、と。 「いや、さっきの言い争いを見てると、ねぇ……。俺、王妃様のこと気に入ったし、いいじゃん」 「そ、そんな勝手な……!」  そんな風な、イーノク様の焦ったような声が聞こえてくる。……イーノク様は、私のことを愛してなどいない。情も何もない。だからこそ……焦っている理由は、仕事を押し付ける相手がいなくなることに対して、なのだ。それは、容易に想像がついた。 「ねぇ、王妃様。……俺と一緒に、来ない?」  ブラッド様は、そんなことをおっしゃって私に手を差し出してこられる。……その後ろに、光がさしているような気がしたのは、幻覚だったのか。はたまた、現実だったのか。それは、分からない。私は、その手を掴みたかった。  働いて、働いて、働いて。なのに、罵られて虐められるだけの毎日。それに、嫌気がさしていないと言えばウソになる。だけど……私がいなくなって、この王国はどうなるというのだろうか。平民たちを、見捨てろというのだろうか? そう思うと、その手を掴むことは出来なかった。 「……私は、王妃です。たとえ、お飾りだと言われていても、王妃なんです。この国を……見捨てることは、出来ません」  だから、私はブラッド様にそう告げていた。ただ、まっすぐにその真っ赤な瞳を見つめて。私だけの気持ちを優先していい問題じゃない。だって、私は国母なんだから。……国のために、生きなくてはならないのだから。その使命を、背負ってしまったのだから。 「……ふ~ん。……もしかして、そんなにあの国王陛下が好きなの?」  なのに、ブラッド様はそんなことをおっしゃる。……そんなわけ、ないじゃない。私を罵ってきて、仕事を蔑ろにして、押し付けてきて。挙句の果てに寵妃の元に通い詰めるだけの男なんて……好きなわけ、ないじゃない。 「そんなわけありませんわ。私が愛しているのは民たちだけ。……それ以外を、愛することはありません」  それは、半分は真実で半分が嘘だった。本当は、たった一人を特別に愛したいと思っているし、誰かの唯一になりたいとも思っている。だけど、私を愛してくださったお父様はもうこの世にいらっしゃらない。唯一の身内であるお兄様とは疎遠状態。私には、頼れる人なんて一人もいない。だからこそ、そう自分自身に言い聞かせていた。
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