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「…華月?」
詩生の部屋、前に住んでいた所とは違ってて。
DEEBEEの誰に聞いても知らなくて、あたしは詩生のお母様から聞き出した。
心配されたけど…あたしは、大丈夫ですから、って。
「…入っていい?」
「…あー…」
「…誰かい」
「いねえよ。」
言葉の途中、遮るようにして、詩生が言った。
「……」
「あ…わりい…」
詩生はポリポリと頭をかいて。
「…なんで、ここを?」
玄関のドアに、もたれかかったまま言った。
「お母様に聞いた。」
「……」
「お邪魔します。」
無理矢理中に入ろうとすると。
「あああああ!ちょっ…」
すごく慌てて、引き止められた。
「……」
「ちょっと、ちょっとだけ待っててくれ。」
「…分かった。」
言われた通り、玄関の前でおとなしく待つ。
…散らかってる、とか?
でも、そういうの、あたしは気にしないし…詩生だって、構わないはずなのに。
「…どうぞ。」
片付けるにしては、短い時間だった。
詩生は、ドアを大きく開けて、あたしを招き入れた。
「…お邪魔します。」
中に入ると、驚くほど物がなくて。
散らかってる、と言うのであれば、歌詞を書いてたのか…丸めた紙が、いくつか床に転がってるぐらいだった。
「…書けた?」
あたしが、紙を拾いながら聞くと。
「残念ながら。」
詩生は首をすくめて。
「紅茶?」
あたしの顔を、覗き込んだ。
「……」
「ん?」
「…タバコ、吸わないの?」
「……」
詩生はあたしの問いかけに、無言。
黙ったまま、キッチンへ。
「詩生。」
「あー…やめたんだよ。ボーカリストとしての自覚っつーかさ。」
「父さんは、タバコ吸うし、お酒も飲むわよ?」
「…神さんは、いんだよ。」
「詩生らしくない。」
「…何言ってんだ。ミルクいるか?」
「……」
あたしは、詩生の手からカップを取ろうとして…
「…華月?」
詩生の、手を取る。
「…あたしが好きだった詩生は、体に良くない事だって平気でして…」
「……」
「マイペースで、自信家で…」
「…やめろよ。」
詩生は、あたしの手を離すと。
フローリングの床に、座った。
「……」
「…もう、あの頃の俺はいないよ。」
「…なんでよ。」
「……」
詩生が、食いしばったように見えた。
なんなの?
あたしは、マグカップをテーブルに置くと、詩生の後ろのドアに向かった。
きっと、そこは寝室。
詩生に…抱かれたい。
「待っ…!!おまっ…何勝手に…!!」
寝室のドアを開けようとすると、座ってた詩生は慌てたように、あたしの腕を取った。
「きゃ…!!」
まだ足が完全じゃないあたしは、その反動でバランスを崩す。
「華月!!」
「…あ…ご、ごめん…」
詩生が抱きとめてくれて、あたしは転ばずに済んだけど…
「…何やってんだよ…」
詩生はそう言うと、あたしから離れた。
「…どうして、そんなに慌てるの?」
「あ?」
「寝室でしょ?」
「……」
「誰もいないって言 ったけど…」
「…いないよ。」
「なのに、そんなに慌てるんだ。」
「……」
せっかくの決心が。
せっかく熱くなってた想いが。
胸の中で消えてしまいそうになる。
詩生は、あたしに知られたくない何かがあって。
あたしは…
「か…華月?」
あたしがポロポロと泣き始めると、詩生は驚いて…慌てた。
「なっなんだよ…なんで泣くんだよ…」
「だって…」
「だから、誰もいないって…」
「でも、詩生…必死で隠して…」
「それはー…」
「あたし… あたし、詩生……」
「…〜…」
詩生の前で、こんなに泣いたことなんてない。
冷静になると、ちょっと恥ずかしくなってきた。
だけど…引っ込みがつかなくて…
「…分かったよ。」
詩生は大きく溜息をつくと、寝室のドアを大きく開けた。
「……え?」
最初は暗くて分からなかったけど…
詩生が部屋に入ってカーテンを開けると…
「………」
「…分かっただろ?こんなの…見せれるかよ…」
「………」
部屋中に…あたし…
アメリカで撮った化粧品のポスターや…
日本では流されなかったはずの、シャンプーやジュエリーのCMのポスターに…向こうの雑誌…
力が抜けて、その場に座り込むと。
「おっおい、足…」
「ううん…力が抜けただけ…」
「……」
詩生は小さく溜息をつくと、座り込んだあたしの隣に腰を下ろして。
「…華月。」
詩生が伏し目がちに言った。
「…おまえ、俺の事…許せるのか?」
「……」
あたしは…詩生を見つめる。
だけど伏し目がちになってる詩生とは…目が合わない。
…赤くない髪の毛は、肩まで伸びてて。
あの頃より痩せて…
お酒もたばこもやめてるのに、不健康そうに思えるのは…どうしてかな。
「俺、許されたいとか思ってねーよ。」
…絵美さんも言ってたな…
「俺のした事が、どんなにおまえや周りを傷付けたか…」
「……」
「…だけど、こうして…おまえが俺に会いに来てくれて…」
「…うん…」
「俺といて辛くないなら…そばにいて欲しいって思うのは…厚かましいかもしれないけど…」
詩生がそう言った途端…あたしは詩生に抱き着いて…
押し倒した。
「か…華月…?」
押し倒された詩生は、驚いた目であたしを見つめる。
「詩生…」
「…ん?」
「あたしの事、誰かに相談なんてしないで。」
「……」
「あたしの事は、あたしに言って。」
「…ああ。」
「それから、お酒飲む時は、女の子と二人きりにならないで。」
「…飲まねーよ。」
「…どうして?」
「……こんな事言ったら…アレだけどさ…」
「何。」
「…酔っぱらうと…」
「……」
「男も女も関係ない、そこに居る人が華月に思えて…ダメなんだ…」
「………」
「…気持ち悪いって思うだろ?」
「じ…じゃあ……あたしとだけ…飲ん…で?」
「…おまえ、笑いながら言うかな…」
「だっ…だって…あたし……そんな、骨太じゃない…から、分かっても……あはははは!!」
我慢し切れず笑ってしまうと、詩生は少しだけ優しい顔になって。
「…だよな…ほんっと…バカとしか言いようがない。」
あたしの頬に触れた。
「…うん…ほんと…バカ。」
「…タバコも?」
「吸って。」
「もう美味くないかもな…」
「そう思ってから、やめればいいから。」
「…華月…」
ゆっくり、抱きしめられる。
前とは違う。
服から、タバコの匂いはしない。
だけど…詩生。
「詩生…」
「…ん?」
「詩生の実家に行かない?」
「……このタイミングで何だよ。」
「…許してもらうなら、早い方がいいから。」
「……分かった。」
詩生から離れて笑顔になると。
「…でも…やっぱちょっとだけ…」
もう一度…ゆっくり抱きしめられた。
…きっと、こうなる事で…周りから色々言われるかもしれない。
だけど…気付いた。
あたし、どんなに辛くても…
詩生と離れてる方が辛い。
「…行くか。」
意を決したように詩生が言って。
あたしを抱きしめたまま、ゆっくり起き上がろうとする。
あたしは身体を起こしながら…
ちゅっ。
詩生の唇に…キスした。
「……」
「…ごめん。我慢できなくて…」
目を丸くした詩生に謝ると。
「…今、必死で抑えてたのに…」
詩生はあたしの肩に頭を乗せて、うなだれた。
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