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8月のある日のことであった。夜空には何千もの綺麗な星が輝き、空と山の境目には銀河まで現れている。
大学の天体部の合宿で静岡を訪れていた男子大学生・斎藤拓海(さいとうたくみ)は、夜の星の観測と仲間同士の楽しいキャンプファイヤーを終え、仲間たちとともにバンガローで眠りに就こうとしていた。
ところが本当のことをいうと、拓海はなぜかキャンプファイヤーがあまり楽しいとは感じなかった。というのも、もともと一人で行動するのが好きで、人と関わることが苦手な拓海にとって、仲間同士での和気あいあいしたイベントはストレスになるからだった。仲間の前ではごく普通に楽しく振る舞っているつもりだったが、そうしていればしているほど、自分が何者なのかもわからなくなり、次第に嫌になってきたのだ。しかし、星を見ることは小さいころから好きで、星の名前や軌道もすぐに覚えてしまうものだから、大学生になってから得意分野を活かせる天体部に入ったのだった。
そして夜も更けて、拓海たちはとうとう眠りに就いた。真夜中のことである。拓海は今まで経験したことがないような、摩訶不思議な体験をすることになった。
真夜中だというのに、突然拓海の目の前が急に明るくなった。
「なんだ、今のは?」
慌てて目を覚ますと、暗闇の中に一つだけ光る星のような不思議な光が浮かんでいる。おまけに身の周りをいくつもの流れ星が舞い、しかも幻聴まで聴こえる。まるで拓海を遠くから呼んでいるかのように。そして、目の前に浮かんでいた星のような光がバンガローの入り口へと移動しはじめた。これはいったいどういうことなのか。居ても立ってもいられなくなった拓海は仲間に気づかれないように寝袋から抜け出すと、遠くへと移動し続ける光を追いかけるべく、バンガローを飛び出した。
バンガローから出た拓海は必死に光を追いかけるが、光はどんどん遠くへと進んでいく。幻聴も相変わらず続いてはいるが、それでも拓海は山の中の藪に入ったり抜けたりを繰り返しながら、全力疾走で光を追いかけ続けた。
「いったい、俺を呼んでるのは誰なんだ?」
どんどん山奥へと進んでいく光。そしてそれを追いかけ続ける拓海。まるで追いかけっこをしているかのように見えるが、走り続ける拓海の脚は疲れ果て、しまいには痛みまで感じるようになった。ふと気がつくと、拓海は山の中腹まで登ってきていた。それでも光はまったく止まる気配がない。こうして、拓海と不思議な光の競争は続いていく。
再び気がつくと、今度は山の頂上近くまで来ていた。そして、太い大木の近くに祀られた小さな祠のところで、光はようやく止まった。
「ひょっとしてこの光の正体は、ここに古くからいる神様なのか?」
拓海がそう呟くと、祠のそばの小さな滝にスポットライトが当たり、その後不思議な光は拓海に対しこう語りかけた。
「そこの滝の水をすくって飲むがいい。そうすればお前の前世と正体がすべてわかるだろう。」
光の言葉に従い、拓海は躊躇いなく滝の水を手ですくい、一気に飲み干した。しかし、味は悪くないし、何も変化はない。
そのときである。拓海は一瞬気絶し、滝壺の中へと転落した。水の中で目を開けた途端、水中に先ほどまで追いかけていた光が現れた。いったいどうなっているんだ。
しばらくすると、目の前の光の幅が広がり、その中に平安貴族の衣装をまとった男性の姿が映り出た。いったい誰なのだろう。水中で目を見開き続ける拓海に、男性はこう語りかけた。
「私は安倍晴明である。そなたの前世、それこそが私である。そなたは幼い頃より星を見てはすぐに名前を覚え、宇宙についての知識を深めてきた。今までそなたが追いかけていた光は、そなたの運命そのものである。そなたは星の精として、一生を遂げる運命なのだ。」
なんと、拓海の前世は安倍晴明だったというのだ。しかも、拓海自身が星の精であるとも言ってきた。こんなことがありえるだろうか。そう疑っているうちに目の前は暗くなり、拓海は祠の前の土手に打ち上げられた。そしてしばらくの間、拓海は気絶したままだった。
数時間が過ぎただろうか。拓海が目を覚ますと、右手に何かが握られていた。よく見てみると、それは星の精であることを示す小さな金のメダルだった。しかもメダルには、首から下げるための紐までついている。
そして夜が明け、日が登り始めた。拓海は、水の中で晴明から言われた言葉を思い出した。自分の前世は安倍晴明で、今の自分が星の精であるということを。
さっそくメダルを首から掛けると、拓海は祠に手を合わせ、仲間たちのもとへ戻るため、それまで走り続けた道を戻り始めた。
拓海がバンガローのところまで戻ると、そこには夜中に突然いなくなった拓海を心配していた仲間たちが待っていた。
「おーい、拓海、今までいったい何処行ってたんだよ?みんな心配してたんだぞ。」
「みんな、心配かけてほんとごめん!」
仲間に向かって深々と頭を下げて謝ると、拓海は今まで自分に起こった出来事を仲間に話した。
「真夜中に急に目の前が明るくなってさ、そしたら不思議な光が浮かんでたんだ。それから俺のまわりを流れ星が舞い始めて、おまけに俺を呼ぶ声まで聞こえたんだ。居ても立ってもいられなくてさ、光を追いかけていたら、木の下の小さな祠のところで止まったんだ。」
当然、仲間たちは拓海の話をまったく信じなかった。仲間たちには何も起こらなかったし、彼らのなかには、光だの流れ星だの、幻聴だの、単なる妄想か狐憑きじゃないかとからかい出す者もいた。
すると拓海は、首から掛けたメダルを掲げて話を続けた。
「そしたら光が祠のそばの水を飲めっていうから飲んだんだけど、そしたら気を失って倒れて、気がついたら水の中にいたんだ。そしたらそこに安倍晴明が出てきて、俺の前世は彼で、そして今の俺は星の精だっていうんだ。それから目が覚めて気がついたら、こんなものを偶然手に持ってたんだ。そう、俺は本当の星の精なんだよ!」
拓海の話を聞いていた仲間たちは想像だにもしない出来事にただ驚くしかなかった。
「本当にお前が星の精なのか?」
仲間の一人がそう聞くと、拓海は持っていたメダルを仲間に渡して見せた。メダルには、星の精であることを示す星のマークと、拓海の名前のイニシャルが彫ってある。
「本当に星の精なんだな?」
それに対して拓海は、「その通りだよ。」と答えた。仲間たちは、今まで拓海を半分仲間外れにしていたことを反省し、天体部に欠かせない人物として本当の仲間として迎え入れたのだった。
それ以来、拓海は天体部の中心人物となり、太陽系や小惑星に関する研究や発表を積極的に行い、そのたびに入賞しては表彰された。今現在、拓海は大学において最も注目される学生の一人になっている。
(終わり)
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