ヒメユリ〈2〉

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ヒメユリ〈2〉

 サカキとササキ。発音すると紛らわしい名字を持つわたしたちは中学3年目にして同じクラスになった。席もまだ出席番号順の初期設定のまま、つまり前後の位置関係になっている。艶のあるセミロングの黒髪にわたしはつい手を伸ばしたくなる。が、ギリギリ届く距離ではない。今年度は1クラスあたりの人数が30人程度から25人程度に減り、席の前後左右の間隔は従来より若干空けられた。  立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。  ミコちゃんはまさにそんな人だ。体は茎のように細長くしかし丈夫で、顔は百合のように華やかでしとやかだ。容姿の魅力的な人は、それだけの理由でその言動が耳目を集める。みんなでよりよい学校をつくりましょう。たとえこんな単純でありきたりな台詞であってもノーベル賞受賞者の言葉のような過度の重みを持つ。まして彼女は声量豊かで演説上手だ。だから彼女は生徒会長として多大な支持を獲得している。いや、していたのだ。  彼女の立場がいま、揺らいでいる。 「もういい加減にしなさい!」  相談室のせまい空間にひときわ大きな声が響く。  ふだん感情をあまり表に出さない大屋先生がとうとう声を荒らげた。それは怒ったというよりは悲痛に叫んだという感じだ。体のどこかに激痛が走ったみたいに先生の涼しげな顔立ちが歪み、色白の肌は赤みを帯び、目は敵意と嫌悪に満ち、ウイルスが変異したようにとたとえては不謹慎だが、まるで別の生体に変化したかのように彼女の冷静さは失われていた。  完全にびびってしまったわたしの耳にミコちゃんの声が伝わってくる。 「すみません。ご迷惑をおかけしているのはわかってます」  その声は至近から聞こえるのに電話を通じた音声のように実存感が薄まっていた。もはや問答無用でわたしたちを退けようとする先生に対し、ミコちゃんは怖いくらいにやんわりと反発を試みている。 「ただここであきらめるわけにはいきません。まだ1学期です、これまで失った分を取り戻すことはできます。文化祭だってやろうと思えばできるはずです」 「いまはまだそんな時機じゃない」 「いまやらなくてどうすんですか。学校の再開だって遅すぎたくらいです。このままじゃいつまで経っても元の日常に戻れません。イベントは自粛、部活も自粛、大会もぜんぶ中止。学生は今年一年棒に振るしかないと?」  いましかない。まだ早い。ミコちゃんと先生の対話はそのくり返し、堂々巡りだった。 「政府の方針に逆らえるわけないでしょう!」 「政府から小遣いもらって引きこもってるなんてニートじゃないですか!」  やめて、というひと言をわたしは口にできなかった。2人の剣幕に怖じ気づいたというのもあるが、彼女らの言い分の一方を、あるいは両方を、たとえその一部分であっても否定する勇気なんてない。この新型コロナウイルスの騒動に関し、わたしにはなんらかの確固たる持論があるわけではなかった。ただ、いまの状況はなにかがおかしいと漠然と思うだけだ。ウイルスの発生は不可抗力にしても。 「あなたの気持ちはわかる。でもこの状況ではただのわがままだよ」 「黙って政府に従えばうまくいくって保証はあるんですか?」 「そんなのあるわけないじゃない過去に例がないんだから。もう子供じゃないんだから現実見てものを言いなさい」 「子供か大人かって話じゃないでしょう。だいいち偉い大人が決断してくれないからこんなズルズル──」 「あなたの考えは」ミコちゃんの言葉を遮るように先生が声を張り上げた。「全校生徒を代表するものなの? そこのところよく考えなさい」
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