ヒメユリ〈4〉

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ヒメユリ〈4〉

「佐々木さんっ」  追いかけようと足が動いた瞬間、西原くんの鋭い声が飛んできた。 「行かないで。あなたまでいなくなっちゃ困る」  はっとした。ここでミコちゃんを追うことはわたしも生徒会を去ることを意味するのだろうか。 「ちょっと時間くれない?」わたしはようやく言葉を発した。 「時間を? 時間があれば美琴さんを説得できるんですか?」 「……」 「知ってるでしょう? 会長を解任しろって声が上がってるの」 「……」 「時間なんてないですよ。俺たちは生徒の声になんらかのリアクションを示さなきゃなんない。不信任の生徒会長を放置しとくわけにはいかないんです」 「……」 「佐々木さん、なんか言ってくださいよ。自分の意見がないんですか? そういう意味でならまだ美琴さんのほうが──」 「わたしだってミコちゃんと同じ。西原くんとも同じ。一緒に学校をよくしたい。……ただいまどうすべきなのか、その方法がわかんなくて困ってんの。西原くんは自分の考えが絶対正しいって自信あるの?」 「あのね……」と彼は心底困った様子で言う。「べつにそんな自信はないですよ。だって学校をよくする方法に正解なんてないんだから。でもね、明らかにこれは間違ってるだろってことならわかります。常識で判断できる、てか常識以前の話です。みんなが同じ方向へ向かってるのに1人だけ逆方向へ突っ走ってるんだから。本来旗振り役であるべき生徒会長があのありさまなんです。もう生徒会が緊急事態宣言だよっ」  そのみんなが向かってる方向ってのは正しいの? 集団自殺する道とは違うの? ミコちゃんとの付き合いはもう3年目だ。彼女ならこんなふうに問い返す気がする。  西原くんがパイプ椅子にドカッと腰を下ろす。「やっぱ総会しかないか……」 「総会?」 「臨時の。さすがにこのままってわけにいかないでしょう」 「7月の改選まで待てない?」 「なにのんきなこと言ってんですか。多くの生徒が解任を求めてるんですよ。解任ってのは懲戒です。そうした声を無視して任期満了はあり得ない」 「……」 「なんでこんなことになっちまったんかなぁ……。美琴さん、最初は休校は仕方ない、安全になったらまたみんなで会おうって前向きに受け入れてたじゃないですか。それなのに新型コロナはインフルより軽いとか日本は死者が少ないとか自粛は無意味とか……。誰に入れ知恵されたんだろうねぇ」 「……」 「で、佐々木さんはどっちに付くつもりです? 美琴さんですか? 俺ですか?」  出た。二者択一。『金か命か』のように、人はとかく問題を単純化したがる。むずかしい問題はじっくり腰を据えて解くしかないのに。多数決を絶対視し、その結果を正義とする学級会と変わらない。おまけにミコちゃんはたしかに常識はずれかもしれないが、態度はつとめて理性的だ。理性を失しているのは西原くんや大屋先生である。もっともいまの彼に言ってもむだだろう。 「総会の準備をしよう。ミコちゃんにはわたしから知らせる」
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