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前編
2月が1年の中で一番寒い。こうしてバスを待っていた去年も、同じ事を考えたのを思い出す。
こんなに寒いのに、校則でタイツが禁止されている理由が全くわからない。そんな校則を平気で破っているクラスメイトの瀬奈さんが、先生達から注意を受けないのも、もっとわからない。
去年のある日私は、思い切って黒タイツを履いて登校した事があった。結果は言わずもがな、いたいけな女子高生に何の恨みがあるんだ、と言いたくなるほど、担任にこっぴどく叱られた。
たまたま虫の居所が悪かったんじゃない?と操は同情したが、大の大人がみんな見てる前で、機嫌の良し悪しであれほど怒り狂うなんて、みっともないったらなかった。
ひとしきり私を罵倒し終わると、担任は1年の時も同じクラスだった瀬奈さんの黒タイツを一瞥してたった一言、「お前も気をつけろよ」、で済ませた時は、股間を蹴り上げてやろうかと思うくらい本気で腹が立った。
この世は、不公平だ。
私はそれを何度も味わっていながら、何度もささやかな抵抗を見せ、その度にいつも後悔してきた。
下唇を噛みながらそんな事を考え、プレイリストの中から「サイレントマジョリティー」を必死に探す。
バス停の周囲には、サラリーマンやOLに混じって同じ高校の学生達がいたが、皆、白い息を吐きながら、今日も賑やかに談笑している。その様子をなるべく遮断したいのもあって、私は決まって音量を最大にし、Bluetoothで音楽鑑賞に勤しんでいた。
「夢を見ることは時には孤独にもなるよ、誰もいない道を進むんだ。この世界は群れていても始まらない、Yesでいいのか。サイレントマジョリティー」
私は、この1番のサビを聞くといつもほっとする。
多分伝えたい意味はちょっと違うことにも薄々感付いてはいたけど、この曲は孤独な私を奮い立たせてくれるキラーチューンだ。
私はあと何年、この曲にシンパシーを感じるのだろう、と一抹の不安を覚えながら、寒さで鳥肌の立った足を持ち上げ、ようやくやって来たバスに乗り込む。
「見栄やプライドの鎖に繋がれたような、つまらない大人は置いて行け。さあ未来は君たちのためにある、Noと言いなよ。サイレントマジョリティー」
見栄やプライドの鎖に繋がれて置いて行かれてるのは、まさに自分じゃないか。
2番のサビを聞いて、そんな風にいつも通り自虐しながら。
バスを降りてオフィス街をひた歩いていると、雪がちらつき始めたのに気付いた。
小学生の頃は冬になると、男友達に混じってよく雪合戦した事を思い出す。意識していたわけではなかったけど、昔から女の子より男の子とウマが合っていた。
ある日、比較的仲の良かった女の子から、ある男の子にラブレターを渡して欲しいと頼まれた。私が安請け合いしてその男の子にラブレターを渡すと、「俺が好きなの純原だから、無理って言っといて」、と、まさかの逆告白を受けてしまった事がある。まだ子供でバカだった私は、特に何も考えずに男の子に言われた通り、そのままの返事を女の子に伝えた。
次の日から、私は女の子達から無視されるようになった。
そりゃあ、少しはショックだったけど、怒りの方が強かったのを覚えている。
だって、私は言われた通りラブレターを渡して、言われた通り返事を伝えただけなんだから。無視の対象になった事も、男友達が沢山いたからそれほど気にならなかった。
……小学生の間までは。
中学生になると、女子と男子には思春期特有のはっきりとした隔たりができ、私はひとりぼっちになった。だけど、それでも平気なフリして、かまわず男の子に積極的に絡んでいった。
すると今度は、男の子達から陰で尻軽女の烙印を押されていたという事実を、中学3年のクラス替えの後に聞かされた。
私の理不尽に対する怒りが孤独を上回れていたのも、そこいらが限界の頃だったと思う。
ビル群とビル群の間を貫く大通りを抜け、スターバックスを左に曲がれば学校が見えてくる。雪の混じった風にマフラーを煽られ、私は震えながらスターバックスを横切った。
すると、ちょうどお店の自動ドアが開いた。私は特に気せず、そのままロボットのようにグルリと左へ旋回する。寒い時は、なぜか動きが機敏かつ無機質になった。
ポンポン。
命令を与えられたAIの如く無心で急ぐ私の肩を、誰かが叩いた。体をビクリとさせて有機質を取り戻すと、私は恐る恐る振り返った。
(よう!)
声は聞こえなかったが口の動きで、ホットラテを手にした弓川大智が、私にそう言ったことはわかった。
周りに操がいないか確認しながら、イヤホンを外す。
「なに?弓川」
どうやら、近くに操はいないらしかった。
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