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操は、居心地が悪そうにオロオロとその様子を見ていた。
「触ってもいい?」
「え」
瀬奈さんの言葉に、取り巻きが驚く。が、私の方がもっと驚いていた。
「い、いいけど。別に」
どこぞのお騒がせ女優のような語尾が、平静を装う精一杯の強がりだった。
綺麗にネイリングされた瀬奈さんの長い指が、私の髪に触れる。
「……わー、フワッフワ。サラッサラ。……ツヤッツヤ」
髪を触りながら次々と繰り出されるオノマトペに、私の耳は真っ赤になってしまう。
取り巻きがそんな自分を恨めしそうに見ているのが、爽快ではあった。
「そんなに?そんなにフワフワ、サラツヤ?」
どこから話を聞いていたのか、大智が大声を出しながらやって来る。
最悪だ。
「あんたは駄目。髪は女の命なんだから」
瀬奈さんは大智を軽くあしらうと、プイと向こうを向いて行ってしまった。
取り巻き達も、取り巻きらしく、それにノコノコとついて行く。
助かった……のか?
「わかってるよ。純原の髪なんて触ったら、何されるかわかんねぇ」
大智は、続け様に余計な事を言った。操がポカンと口を開けている。
私はもう無視を決め込んで、スマホをいじりだすことにした。
瀬奈さんのあんた呼ばわりはいいのかよ、と、取り巻きたちに腹を立てながら。
昼休み。私はいつものように、図書室でご飯を食べていた。
ここは静かだし、私のように1人で昼食をとっている人もポツポツいたから、なんとなく居心地が良かった。
操はいつも、他のクラスメイト達とお昼を食べる。私も一緒に、と何度か誘われたけど、頑なに断っていた。高校に入ってから、何か誰かとトラブルを起こしたわけではないけど、女友達、というものがそもそも苦手だったから、私は1人を好んだ。誰にでも人懐っこい操が、特別なだけだ。
「フウ」
食事を終えると、私はペットボトルのお茶をゴクゴクと飲み干した。
その途端、トイレに行きたくなる。冬場はトイレが近くなっていけない。
そんな、お婆ちゃんのようなセリフを頭に浮かべながら、私は図書室を出た。
図書室からは教職員用トイレが近かったけど、なぜか気が進まないので、いつもわざわざ2年生用のトイレを利用しに戻っていた。
廊下の窓に目をやると、雪の勢いが弱まってきているのがわかった。
なんだ、積もらないのか、とガッカリしながら、私はトイレに入った。
個室の鍵を掛け、腰を下ろす。
お尻が冷たい。
おうちの温かい便座を恋しく思いながら用を足し終えると、誰かの話し声が聞こえてくる。
「そんな事もないけどね」
……操だ。
私はなんとなく外へ出るタイミングを失って、パンツを履くと再び便座に座りなおした。
「でもさ、なんかお高くとまってるじゃん。……その割には、今朝も明日香ちゃんとか、大智と仲よさそうにしてさ」
「そうそう。なのに、私たちのことなんて興味ない、って感じでツンとしてるもん」
話題の人物が誰であるか、すぐにわかった。
「話してみたら普通の子だよ。結構、言い方はきついけど」
わかったように私を評するな、と、操に対しても私の心は牙を剥いてしまう。
出て行ってやろうか。それで、どうする?睨みでもきかせる?大人気ないけど、私はまだ大人じゃない。でも、そうすることになんの意味がある?
「大人だよねー、操は。私はあの子無理だわ」
「えへへ。そうなのかな」
まんざらでも無さそうに、操が笑う。
私は、自分が惨めになった。
トイレに身を潜めて、自分の陰口を聞かされ、何も言えずにじっとしてるなんて。
(Yesでいいのか?サイレントマジョリティー)
今朝も聞いた私のキラーチューンが、頭に流れる。
バンッ!
気がつくと、私は鍵を解いて勢いよくドアを開けていた。
3人が驚いて、目をパチクリさせる。
「か、楓」
操の顔に、軽口を叩いた後悔の色が浮かぶ。
「お世話様」
私はそれだけ言い残すと、時が止まったように静止したままの3人を置いて、ツカツカとトイレから出て行った。
私が何をしたっていうの?どうして、いつもこうなるの?
目頭が熱くなるのを感じながら、私は早歩きで廊下を歩いた。
悲しいからじゃない。悔しいからだ。
女子達から無視された時も。男子達に尻軽扱いされた時も。操と、大智と、瀬奈さんに話しかけられた時も。私は、何もしていない。ただ、思った通りに口を開いてきただけだ。
それがいけないっていうの?神様。
(誰かの後をついていけば傷つかないけど、その群れが総意だと、ひとまとめにされる)
私はキラーチューンのCメロのフレーズを思い浮かべた。
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