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「ものはついでさ。ついこの間、怪我した時に先生に面倒見てもらったから、ガーゼとかの場所、覚えてたんだ」
タオルを絞ると、彼は私の前に戻ってきて、跪いた。
「しみるぜ。ちょっと、我慢しろよ」
濡れたタオルで、砂だらけになった私の右膝と両腕の傷口を拭き始める。
「……っ!」
私は声を押し殺して、痛みに耐えた。
「よし、と。こんなもんかな」
そう言うと、今度はそれぞれの傷口にたっぷり消毒液を垂らしてくれた。
「手際、いいんだね」
その様子を見ながら、感心して私は言った。
「これでも、看護士志望なんだぜ」
「誰が」
「俺に決まってるだろ」
「意外。てっきり、将来のことなんて何も考えてない、って思ってた」
「だろ?よく言われるよ」
右膝にガーゼを当てながら、彼は笑った。
「どうして、看護士に?」
「中学の頃にさ、母さんが倒れたんだよ」
「え。待って。やっぱり、言わないで」
「バカ。死んでねぇよ」
私は、ほっと胸を撫で下ろした。
「でも、危なかったんだ。俺も、心臓バックバクになりながら親父と病院行って、手術が終わるのを待ったんだ」慣れた手つきで、大智はテーピングし始めながら言った。「手術は成功したけど意識はまだはっきり戻らなくて、次の日見舞いに行った時に、母さんの世話を担当してくれてた看護士が男の人だったんだ」
今度は、右腕にもガーゼが当てられる。
「何もできない俺を尻目に、体を拭いてくれたり、呼吸器やらなんやらを確認して、点滴を新しいのに変えたり。一生懸命やってくれてるの見てさ。なんか、かっこいいなって。もしかしたら、俺もこういう仕事をしたいかもしれないって、なぜかその時思ったんだ」
右腕のテーピングが終わった後、私は言った。
「なんで、そこまで話してくれるの?」
話を聞いて、私は大智を見直した気持ちになっていた。
「……なんでって、別に。純原に言いたくなったから」
「じゃあ、なんでいっつも私におせっかいするの。今日だって」
左腕に、ガーゼが当てられる。
「なんとなく、わかってるだろ?」
そう言われて、私は口をつぐんだ。
「純原と話してると、すげぇ楽しいんだ。大人びてて超静かなイメージだったのに、話してみると、言いたいことはっきり言うし、意外とよく喋る。ギャップって、やつ?」
「……1人でいるからって、大人しいとは限らないじゃん。面白半分?」
「からかってるつもりはないよ」
「私は静かに過ごしたいのに、目立つあんたに話しかけられたら、注目されちゃう」
「目立ちたくて目立ってるんじゃねぇよ。純原だって、大人しいと思われたくて静かにしてるわけじゃないだろ」
「それは、そう。気付いたら、そうなってた」
「俺だってそうさ。気付いたら、目立つ奴だなんて思われるようになった。似てるんだよ、俺たち」
「どこが。真逆じゃない。あんたは明るい人気者。私は1人が好きな変わり者」
「茶化すなよ。自分に正直なとこが、似てるんだ。お互い、こうなりたくてなったんじゃないだろう?その気になれば、俺なんかより純原の方がよっぽど人気者になるさ」
最後のテーピングが、終わった。
「私は別に人気者になりたくはないよ。自分らしくいたいだけ」
「わかってるよ。だから、凄いなって思うんだ。そうやって1人でいる事を、自分で選んでるとこが。きっとそうなった理由が色々あるんだろうけど」
小学生の時、女子の告白を伝えたら相手の男子に逆告白されて、女子達から無視されたこと。開き直って男子とばかり話していたら、中学生になったら尻軽女と陰口を言われるようになったこと。
私はそれらを思い出して、目頭が熱くなりかけた。
「そんな事……ない。大智は、私を買い被ってる」
「……そうかもしれない。けど、なんとなく凄いと思ってるのは本当だ。俺以外にも、そう思ってる奴はいるはずだ」
「いるわけないじゃん、嫌われてばっかりだよ私は」
「そんな事ないさ。例えば、瀬奈とか」
私はギクリとした。
「ほ、ほとんど話した事もないよ」
「その割にはあいつ、なんかお前にだけ優しいじゃん」
そう言われて、昨日の水飲み場での出来事が蘇る。
瀬奈さんは、なんであんなことしたんだろう。でも、正直嫌じゃなかった。むしろ、あのことのおかげで瀬奈さんと何か、通じ合えたような気すらした。大げさかもしれないけど、私には不思議とそう思えたんだ。
「案外瀬奈も、純原が自分と似てる部分があるって思ってるのかもな」
(お互いこうなりたくて、こうなったわけじゃない)
大智が言った言葉を、反芻する。
私と瀬奈さんが、似てる……?
「何よそれ。結局わけわかんない」
「俺も、上手く言えないんだよ。でも、ちゃんと純原の本質を見てくれてる人はいるんじゃないか、ってことさ」
大智がそう答えた時、私は思った。
操も、そうなんだろうか。だから私も、操にだけは少し、心を許していたのかもしれない。
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