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「友達になりたいな、って思ったの。そうやって、少しずつ会話してるうちに」
遠ざかるバイクの向こうから、別のライトが少し揺らぎながらこちらに向かってくる。ロングコート姿のおじさんが、寒さに肩をすぼめながら自転車をこいでいた。
「私もそうだよ。いっつも話しかけてくれるうちに、こっちからも話しかけたくなったの」
通り過ぎる自転車のおじさん見送りながら、私はそう言った。
「よかった」
「何が?」
「何度も話しかけて」
「……うん。確かによかった」
「楓みたいな子、初めてだよ」
「誰だって、それぞれ違うでしょ」
「そうなんだけど。他に似た子いないよ」
「あんなに友達多いのに?」
「友達が多いわけでもないけど、そうだね」
「やっぱり変わり者なんだ、私」
「そうかも」
操は、また笑った。
スマホで話しながら早歩きをするキャリアウーマン風の女の人が、校門前で立ち話をしている私達にチラリと目をやりながら、そのまま横切っていった。さっさと帰りもせずに何を話し込んでいるんだろう、とでも思ったのだろうか。
その時の私はもう、さっきまでの寒さを忘れてしまっていた。
「大智にさ、告白しようと思うの」
突然の言葉に、私は驚いて操の顔を見た。
「そう……なんだ」
彼女はうつむきがちに続けた。
「無理だって、なんとなくわかってるんだ。でもね、自分の気持ちにケリをつけたくて」
「無理だなんて、わからないじゃない」
複雑な心境を隠しながら、私は言う。
「うん。そうだね。……ねぇ、楓は?」
「ん?」
「楓は、好きな人いるの?」
そう言われて、私はなぜか瀬奈さんが思い浮かんだ。
「いない、よ。初恋もまだなんだもん」
「そっか。楓らしいかも」
「そうかな?」
「男子になんて、興味ないって感じ」
操の言葉を特に深読みもせず、答える。
「うん。そうかも」
初恋。自分には、縁の無い話のはずだった。
「サクラソウって、知ってる?」
操が、急に聞きなれない言葉を発する。
「サクラソウ?桜とは、ちがくて?」
「うん。桜みたいに大きな木に咲く花じゃなくて、小さい小さい花でね。目立たないけど、なんだかすごく凛々しく見える花でさ。私、好きなんだ」
「そうなんだ。見たこと無いかも」
「サクラソウの花言葉はね。初恋なの」
「初、恋……」
「長い、厳しい冬を越えてさ。ようやく咲く、小さなサクラソウの花言葉。それが、初恋だなんて。なんだか素敵じゃない?」
長い冬を越えてようやく咲く、小さな花……。
「うん……そうだね。素敵だね」
「でしょう?」操はそう言うと、大きく伸びをした。「ん~っ……。さて、と。じゃあ私、そろそろいこうかな」
あたりはすでに真っ暗になり、目の前のオフィスビル群の窓に、明々と光が灯っていた。
「あ、うん。ごめんね。なんか引き留めちゃって」
「ううん、話せてよかった。……楓も、いい恋ができるといいね」
操の言葉に、私は笑みを浮かべながら言った。
「……お世話様っ」
昨日のトイレで、放ったセリフだ。
2人で顔を見合わせて吹き出し、声高らかに笑う。なんだか、久しぶりに笑った気がした。
「……それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
手を振る操に応え、少しずつ小さくなっていく彼女を見つめながら、私の笑みは自然と消えていった。
サクラソウ……か。なんだかそれって、自分みたい。
私はほんのりメランコリックな気持ちになりながら、スターバックスを目指して寒空の下歩き出した。膝の痛みはもう、ほとんど感じない。大智のおかげだ。
私には、ほんの小さな目標ができていた。来週の耐寒マラソンの授業で、男女含めて一番になることだ。
あんな怪我したのに、って、大智を驚かせたい。本当に一番になるなんて、と、操の鼻を明かしたい。そして、何よりも瀬奈さんの目の前で、いいところを見せたい。そう思っていた。
何か変わるわけじゃない。何かわかるわけでもない。だけど、ふつふつと胸の内が熱くなっているのは確かだった。冬を越えて、凛と咲いてやる。操の言葉が、私にそう決意させてくれた気がするんだ。
そうーー。
私はまだ、自分の花びらの色も形も知らない……蕾のままの、サクラソウ。
ー了ー
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