10話

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10話

食事を済ませた後、川沿いの遊歩道にやってきた。 「天気がいいから気持ちがいいですね。」 「そうですね~。」 カップルや家族が沢山いるなぁ。 皆楽しそう。 たまにはこういうのもいいもんだね。 のんびり出来る。 「さっきのお店美味しかったですね。よく行くんですか?」 「えっ…と…」 ん? 何でそんな気まずそうな顔? 「…実は、雑誌で調べたんです。どういう所がいいのか分からなくて。一度下見をしたら美味しかったので、あそこにしようと…。」 「下見までしたんですか?」 「はい…一応どんな感じなのか確かめておこうかなって。すみません、何かかっこ悪いですね。」 恥ずかしそうに笑う稲田さんに、首を横に振る。 そんなこと正直に言わなくても嘘だってバレないのに。 大体の男の人はかっこ悪いと思う事は隠すはずなのに。 そうしないこの人の方が、私はかっこいいと思う。 しないというより出来ないのかもな。稲田さんの場合。 嘘とか苦手そうだもんね。 「そんなことない。かっこ悪いなんて私は思いません。」 「そう、ですか。」 ちょっと意外そうに、でもホッとしたような顔。 「…いつもは、カフェとかあんまり行かないんです。でも、そういうのが好きかなって。本当は、朱音さんの行きたいお店があればそっちに行こうと思ってたんですけどね。」 「私が稲田さんのプランに乗っかったから、焦りました?」 「少しだけ。それに、ちょっと不安でした。大丈夫かなって。」 「楽しいですよ。稲田さんとのデート。だから自信持ってください。」 「ありがとう、ございます…」 え、何でそこで顔逸らすの。 私何か変な事言った? あれから少し稲田さんの様子が変だったものの、のんびり会話しながら散歩をしていたらあっという間に夕暮れ時になってしまった。 稲田さんの”いい人止まり”の原因、分からなかったんだけど。 もしかして、相手に気を使い過ぎて自分の意見が無いっていうだけだったりする? デートに誘いたくても相手の都合を優先し過ぎて結局日程が決まらない、みたいな。 デートしたとしても、相手の希望を聞きすぎて頼りがいがないと思われたりとか。 …あり得るな。 最初でつまずくから、”いい人止まり”なのかも。 あとは、もしかしたら話かなぁ? 今日は映画の話題で盛り上がったけど、それ以外はどちらかというと聞き役だったし。 相手によっては無言になりそう。 話上手な男の人ってモテるって言うしね。 でもなぁ…正直これは好き好きだと思うんだよね。 聞いてくれる人が良いっていうタイプもいるし、話してくれる人が良いっていうタイプもいるし。 私も、あんまり話が上手い人は好きじゃないんだよね。 こればっかりは、稲田さんの好きになった相手がどういうタイプかによるかも。 「本当に送っていかなくて大丈夫ですか?」 駅前に着いたら、日が暮れているのを気にして家まで送ると言ってくれたけど、お断りした。 だって稲田さんの家反対方向だし。 申し訳なさすぎる。 そういうのは、本気の相手にだけしてあげればいい。 「近いので大丈夫ですよ。でも本当のデートの時にはしてあげてくださいね。」 「…やっぱり、送ります。」 「え?いや、本当大丈夫…」 「まだ、今日の感想というか…作戦の結果を聞いてないですし。」 そういえばそうか。 いや、でもな。 「それなら、後でメッセージで…」 「直接聞いたほうが理解しやすいので。行きましょう?」 なんていうか… 笑ってはいるんだけど、こう… 拒否できない雰囲気っていうの? 稲田さんにこういう押しの強さがあるとは…意外だ。 結局家まで送ってもらいながら、さっき思った事を伝えてみた。 「なるほど。会話か…」 「でも、それは好き好きなので。稲田さんが次に好きになった相手によって、今のままでいいかちょっと頑張って会話するか判断したらいいかなって。」 「ちなみに、朱音さんはどちらのタイプなんですか?」 「私?」 「はい。参考までに聞かせてもらえたら。」 「私は、あまり話が上手い人は好きじゃないですね。何か手慣れてる気がするし。女の子といっぱい遊んでるんだろうなって思ってしまうというか。」 実際、先輩は話がとても上手だった。 だから余計にそう思うのかもしれない。 「…また、思い出してます?」 「え?」 もしかして、また私顔に出てた? 「今すぐには無理かもしれないけど…思い出さない日が早く来るといいですね。」 「…そうですね。」 思い出さなくなったら、私も前に進めるのかな。 日が完全に落ちた頃、家の前に着いた。 「ありがとうございました。結局送ってもらってすみません。」 「僕がそうしたかっただけですから。気にしないでください。」 「そういえば、次どうしますか?」 「あ、そうでしたね。えっと…来週の土曜日でも大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。」 「良かった。今日は結局僕に合わせてもらったので、次は朱音さんの行きたい所に行きましょう。」 「分かりました。行きたい所決めておきますね。」 「はい。お願いします。それじゃ…」 「…あ!」 そういえば、あれ言うの忘れてた。 「どうかしました?」 「稲田さんに教えてあげようと思っていた事があったんでした。」 「何でしょう?」 「ここぞって言う時に、敬語をやめてみるといいですよ。」 「敬語をやめる、ですか?」 「はい。今日も口調が崩れてる時があったんですけど、普段丁寧語だからギャップになっていいと思うんです。」 「ギャップ…」 「大事な所で使うと相手をドキッとさせる事が出来て、告白も成功するかもしれませんね。」 「じゃあ…朱音さんも今日ドキッとしたんですか?」 「え?」 今何か聞こえたような… 「あ、いえ…何でもないです。覚えておきますね。」 「はい。それじゃ、送ってもらってありがとうございました。気を付けて帰って下さいね。おやすみなさい。」 「…おやすみなさい。」 曲がり角まで後ろ姿を見送ってから、家の中に入った。
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